2009.11.27
1000人集まれば
2009.11.27
グノーシスの奥義
グノーシス主義(霊的な教えを説く異端的キリスト教)者は、こう問いかけます。
「われわれは何者であったか、また、何になったのか。
われわれはどこにいたのか、どこへ行こうとしているのか。
われわれは何から解き放たれているのか。
誕生とは何か、また、再生とは何か。」
驚くべきことに、グノーシスでは、仏教と同じように、その答えを自己の内面に求めるのです。
神とか、創造とか、
これに類似したことを捜し求めるのはやめなさい。
あなたがた自身を出発点にして、彼(究極的存在)を求めなさい。
あなたがたのなかにあって、すべてのことを思う通りになし、
「わが神よ、わが心よ、わが思いよ、わが魂よ、わが身体よ」、
と言う者は誰であるかを知りなさい。
悲しみ、喜び、愛、憎しみの原因を知りなさい。
あなたがたがこのようなことを注意深く吟味するならば、
あなたがた自身のなかに、彼を見出すであろう。
モノイモス
クリックして愚僧の活動に御協力ください。
「われわれは何者であったか、また、何になったのか。
われわれはどこにいたのか、どこへ行こうとしているのか。
われわれは何から解き放たれているのか。
誕生とは何か、また、再生とは何か。」
驚くべきことに、グノーシスでは、仏教と同じように、その答えを自己の内面に求めるのです。
神とか、創造とか、
これに類似したことを捜し求めるのはやめなさい。
あなたがた自身を出発点にして、彼(究極的存在)を求めなさい。
あなたがたのなかにあって、すべてのことを思う通りになし、
「わが神よ、わが心よ、わが思いよ、わが魂よ、わが身体よ」、
と言う者は誰であるかを知りなさい。
悲しみ、喜び、愛、憎しみの原因を知りなさい。
あなたがたがこのようなことを注意深く吟味するならば、
あなたがた自身のなかに、彼を見出すであろう。
モノイモス
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2009.11.27
保守とは武士道なり
2009.11.25
シュタイナーの仏教論
仏教は宗教であります。
宗教学者や神学者はたくさんいますが、
その真髄は、いわゆる霊能者にしか分からないこともあるのです。
その意味で、シュタイナーの仏教論は、やはり秀逸です。
仏陀と仏教とについては、今日かなり多くのことが言われている。
仏教の本質についての関心、
ないしはもっと正確に言うならば、仏教を理解しようという憧れが、
ヨーロッパにおける精神生活の内部で、さほど古い歴史を持つものではないので、
この仏陀への関心の高まりという現象は、人類の発達を考察するものにとって、
一そう興味深く思われる。
このことは、18世紀から19世紀にかけて、
私達のヨーロッパにおける精神生活に大きな影響を与えた偉人、
つまリゲーテのことを思い浮かべてみるだけで、十分に理解できるであろう。
ゲーテの生涯や創作活動や彼の知識を検討してみると、
そのいずれにも未だ仏陀、ないしは仏教が、何らの役割をも果たしていないのに気づく。
だがゲーテ以後、わずかの時しか経たない内に、
ある意味ではゲーテの弟子と言ってもよいショペンハウアーにおいて、
すでに非常に大きな仏教の影響が、彼の活動の中に輝き出ているのを目にするのである。
それ以後、この東洋的な精神の方向に関心を持つ人々の数は、次第に増え続けている。
「偉大なる仏陀」の名に結びつく一切が、人類発展史の中へ持ち込んだものと、
自分との関りを考えることは、今日では大多数の人間にとって、
すでに当然のこととなっているのである。
今日、仏教に興味を持っているほとんどの人間が、ある意味において、
この地上の生の回帰の思想、ないしは我々の言葉でいうならば「再受肉」の理念を、
全く仏教に結びついたものとして受けとっていると言っても間違いではないであろう。
これに対して、たとえいかに奇妙に聞こえようとも、次のように言っておくことが必要である。
すなわち、事実の本質の中へもっと深く入り込んでゆく者にとっては、
仏教と地上の生の回帰の思想とのこういう結合は、
あたかも古代の芸術作品に対する最高の理解を、
まさにこの古代芸術作品を中世世界の展開の初期に破壊してしまった、
当の人間達に求めることができると主張するのと、ほとんど同じように見える、ということである。
奇怪千万な言い方かも知れないが、これは事実なのである。
言うまでもなく仏教は、繰り返される地上の生というものの本質を正確に捉えており、
それ故に、これをできるだけ低く評価し、
その回帰する回数をできるだけ少なくすることに目的を設定し、
その達成にあらゆる努力を払ったのである。
これを考えれば、前の言があたっていることは直ちに了解されるであろう。
つまり地上への再生、ないしは地上の生への回帰から解き放されること、
これこそ仏教という精神的態度の精髄であると考えなければならない。
「人智学・神秘主義・仏教」
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宗教学者や神学者はたくさんいますが、
その真髄は、いわゆる霊能者にしか分からないこともあるのです。
その意味で、シュタイナーの仏教論は、やはり秀逸です。
仏陀と仏教とについては、今日かなり多くのことが言われている。
仏教の本質についての関心、
ないしはもっと正確に言うならば、仏教を理解しようという憧れが、
ヨーロッパにおける精神生活の内部で、さほど古い歴史を持つものではないので、
この仏陀への関心の高まりという現象は、人類の発達を考察するものにとって、
一そう興味深く思われる。
このことは、18世紀から19世紀にかけて、
私達のヨーロッパにおける精神生活に大きな影響を与えた偉人、
つまリゲーテのことを思い浮かべてみるだけで、十分に理解できるであろう。
ゲーテの生涯や創作活動や彼の知識を検討してみると、
そのいずれにも未だ仏陀、ないしは仏教が、何らの役割をも果たしていないのに気づく。
だがゲーテ以後、わずかの時しか経たない内に、
ある意味ではゲーテの弟子と言ってもよいショペンハウアーにおいて、
すでに非常に大きな仏教の影響が、彼の活動の中に輝き出ているのを目にするのである。
それ以後、この東洋的な精神の方向に関心を持つ人々の数は、次第に増え続けている。
「偉大なる仏陀」の名に結びつく一切が、人類発展史の中へ持ち込んだものと、
自分との関りを考えることは、今日では大多数の人間にとって、
すでに当然のこととなっているのである。
今日、仏教に興味を持っているほとんどの人間が、ある意味において、
この地上の生の回帰の思想、ないしは我々の言葉でいうならば「再受肉」の理念を、
全く仏教に結びついたものとして受けとっていると言っても間違いではないであろう。
これに対して、たとえいかに奇妙に聞こえようとも、次のように言っておくことが必要である。
すなわち、事実の本質の中へもっと深く入り込んでゆく者にとっては、
仏教と地上の生の回帰の思想とのこういう結合は、
あたかも古代の芸術作品に対する最高の理解を、
まさにこの古代芸術作品を中世世界の展開の初期に破壊してしまった、
当の人間達に求めることができると主張するのと、ほとんど同じように見える、ということである。
奇怪千万な言い方かも知れないが、これは事実なのである。
言うまでもなく仏教は、繰り返される地上の生というものの本質を正確に捉えており、
それ故に、これをできるだけ低く評価し、
その回帰する回数をできるだけ少なくすることに目的を設定し、
その達成にあらゆる努力を払ったのである。
これを考えれば、前の言があたっていることは直ちに了解されるであろう。
つまり地上への再生、ないしは地上の生への回帰から解き放されること、
これこそ仏教という精神的態度の精髄であると考えなければならない。
「人智学・神秘主義・仏教」
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2009.11.25
W逮○マダー
先行き不透明なこのごろ。
とんでもないことが起こりそうな気もするし起きないような気もする。
W逮○とかになれば、かなり幸せ。
とりあえず、来年の夏まで待てない!
幸福実現党がもし結党していなかったらと思うとゾッとする。
次なる選挙では、必ずや台風の目となることだろう。
平成維新のはじまりである。
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とんでもないことが起こりそうな気もするし起きないような気もする。
W逮○とかになれば、かなり幸せ。
とりあえず、来年の夏まで待てない!
幸福実現党がもし結党していなかったらと思うとゾッとする。
次なる選挙では、必ずや台風の目となることだろう。
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2009.11.24
ネット三昧
だめだだめだ、どうやらTwitterをやるとブログを書かなくなるらしい。
気をつけないと。
しかし愚僧はネット遊びをやっているのではない。(いいわけ)
すべては、仏陀再誕の事実を伝えるためなのであった。
初心、忘れるべからず。
これからも、日々精進します。
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すべては、仏陀再誕の事実を伝えるためなのであった。
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2009.11.23
ついに再始動




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