僧侶のたくらみ

仏教とニューエイジの対話を推進するべく、 こっそりと活動中

魂の永遠性

哲学者のケン・ウィルバー氏は、
西洋人ですが、輪廻転生についてこのように肯定的に論じています。


生まれ変わりの教義は、
世界中の神秘主義的宗教のほぼすべてになんらかの形で見出される。
キリスト教でさえ、かつてはその教義を認めていたのだが、
おもに政治的な理由によって四世紀に破棄されてしまったのである。
しかし今日でも、キリスト教神秘主義者の多くはその観念を認めている。
神学者のジョン・ヒックが主著『死と永遠の生』で指摘しているように、
なんらかの生まれ変わりが起こることは、
キリスト教を含めた世界の諸宗教の合意事項なのである。

イアン・スティーブンソン教授やその他の人たちによって記録されているように、
二、三の特殊な記憶が逃れることはあるかもしれない。
だが、そうした記憶は原則というより例外であろう。
転生するのは心ではなく魂のほうなのだ。
魂の絶対的存在を否定する仏教でさえ、魂が相対的ないし因習的な性質をもち、
その相対的・因習的に存在する魂が転生することを認めている。


「死を超えて生きるもの」




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輪廻転生の意義

輪廻転生は、人類にとって最も重要な思想です。

そこには、私達の本質である魂が、
幾多の生涯を繰り返し成長していく神秘が隠されています。

この思想を受け入れることで、人生の意味は大きく変わってきます。


アメリカの心理学者ジナ・サーミナラ氏が、素晴らしい考察をおこなっています。




心霊主義団体やその出版物を、
もう少し雅量のある態度で時間をかけじっくりと研究するならば、
次に示すような幾つかの重要な価値を見いだすこともできよう。

一、超能力によって超感覚的知識の有効性を認識すること。
   まさに科学はこの方向へ向かっているのである。

二、人生の精神的真実と目標を認識すること。
   心理学においては、たぶんこのことが最大の盲点であり欠陥であろう。

三、一見異なるように見える宗教、哲学、物理学、
   心理学、超心理学を根元的に結ぶ一体感。

四、一国の一文化の倫理、道徳ではなく、グローバル(世界的)な合目的の哲学。

五、未確認ではあるが、大宇宙と人間性に関して計り知れないほど重要な、
   新知識を導き出す可能性ある多くの情報。


もし、心理学者が特に輪廻転生論に注目するならば、
さらに次のような価値を見いだすだろう。

一、同性愛、多重人格、狐つきによる精神異常などの、
   人間の精神生活における説明しがたい現象に対する解答。

二、人間の苦悩や限界に対する根本的原因。

三、個人差の原因に対する洞察。

四、肉体と精神の関係に対する深い理解。

五、潜在意識の原動力に対する重要な手がかり。


『考えることを学び、愛することを学ぶべし。』
これこそ私には実践的輪廻転生論者の哲学大要のように思えるのである。
愛の質を高め、理知能力を増すことは、
両方とも意識的に発展させる必要があることである。
そのためにわれわれは、多くの生まれ変わり、
出で変わりの生涯を持っているのだと私は信じている。
悲しみ、敗北感、失敗などを通し、すこしずつわれわれは、
洞察力や思いやりの両面を開発させているのである。
個人的なものから宇宙的なものへ、自己愛から他者への愛へ、
感情的愛から崇高な愛へ、無限に広がる同心円の中で、
われわれの愛の本質は拡大しており、それにつれ、
われわれの理解力も増大するのである。
最終的には英知と呼ばれる愛と知性の完全な平均調和安定なのである。
これこそ、われわれの多くの生涯と多くの愛の目的であると私は確信するのである。


「MANY LIVES,MANY LOVES」




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因果応報

輪廻転生は、仏教教義において中核をなす重要な概念です。
にもかかわらず、これを否定する仏教徒は数多くいます。

例えば、インドの新仏教徒運動で知られるアンベードカル博士は、
輪廻転生は、カースト制度を温存する原因になっているとして、
仏教からこれを意図的に排除しました。

日本においても、
輪廻転生の教義は、差別を助長するものであるとして、
これを排撃しようとする動きもあります。

アンベードカル博士は、その著書「ブッダとそのダンマ」でこのように言っています。

「前世カルマ説は、全くもってバラモン教義そのものである。
現世に影響をおよぼす前世のカルマは、バラモンの霊魂説と全く合致するが、
ブッダの非霊魂説とは全然一致しない。
これは、仏教をヒンズー教と同じものにしようと考えた何者かか、
仏教とはいかなるものかをまるで知らない者によって、持ちこまれたものである。」

「前世カルマが来世を支配するというヒンズー教義は、正に邪悪なものである。
このような教義を作り上げた目的は何であったのか。
考えられる唯一の目的は、国あるいは社会が、
貧しく身分の低い人びとの悲惨な状態に対し責任逃れするためである。」

このような主張は、日本でもよく聞かれるものです。

仏教者は、こうした意見に対してきちんと反論していくことが今後の課題です。

因果応報は、宇宙の法則であるという事実は曲げられません。
原因があれば必ず結果があります。
私達人間においても、今世のみで、その法則が完結するということはありません。

輪廻転生をかたよってとらえると運命論的になり、努力の放棄や諦めの理論にもなります。

しかし、本来の輪廻転生は、
自分の人生に自らが責任を持ち、末来を切り開いていくためのものです。

生れによって幸・不幸が決るのではなく、行為によって幸福になれる、
という視点を忘れてはいけません。

私達は、何度も、
地上のいろいろな環境下に生れては、魂修行を繰り返している存在です。
この永遠のいのちを与えられているという事実は、
大いなる神の恩寵以外のなにものでもありません。


新進の仏教学者、宮元啓一氏は、大変説得力のある主張をされています。

インドで生まれた輪廻説は、仏教を通じてわが国でも一応は支持されてきた。
しかし、明治維新と併行して展開された廃仏毀釈運動や迷信打破運動のなかで、
輪廻説は急速に旗色を悪くしていった。
科学(サイエンス)は、経験から優れた仮説的な法則を導き出す学問であるから、
死んだらどうなるかという、経験を超えた領域の問題について、発言することがない。
したがって、科学的な死生観などあるはずもないのに、多くの人々は、
輪廻説は非科学的な迷信だという。科学的か否かという基準で死生観を論ずるなど、
これこそまさに迷信にほかならない。しかしそれにしても、輪廻説は人気がなく、
そのような迷信を仏教の開祖であるゴータマ・ブッダが信じたはずがない、
いや、輪廻説を否定したところにこそ仏教の革新的な独創性があったのだ、
と主張する仏教学者や僧侶や熱心な仏教信者が多いのには、
いささか驚かされるところもある。これでは僧侶は仕事がしにくいであろうに。
また、輪廻の六道からの一種の抜け道ともいうべき極楽往生も、極楽の存在を、
同じような理由で信じない人が多い昨今、とんと人気がなく、
浄土教系宗門の僧侶たちにとって悩みの種である。 

倫理は、人に、未来を視野に置いて、為すべきことは何かを考えさせる。 
因果応報というと、それぞれの人の今の境涯を、過去の因によって、
いわゆる宿命論的に決定づけ、支配者、社会的強者による弱者への差別を、
固定化することに用いられることが、わが国の歴史にもあった。
しかし、倫理への動機づけであるはずの因果論は、
過去の行いが現在を規定するという場面で用いられるのはやはり誤りで、
現在のわが実存が、自由に未来をみずからの力によって切り開く、
という文脈で用いられるのが本来である。
倫理の視野は常に未来にあるから、したがって、
倫理はわれわれの短いこの世での人生だけでは完結しない。
倫理は、生を超え、死の向こう側をも志向し、ゆえに死生観に深く関わる。
世界で数ある死生観のうち、輪廻説は、倫理的、
論理的にきわめて多様で緻密に出来ている。
一部の仏教学者や僧侶たちが主張したがるように、
現代の仏教においてパラダイムの転換が必要だというならば、
それは、輪廻説という枠を否定することではなく、
輪廻説の枠の内をいかに巧みに解釈改変をするかに腐心することである。
知性のある人ならば、汚れた盥の水といっしょに赤子を流すような愚を犯してはならない。





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輪廻転生の仕組み

輪廻転生の仕組みはどうなっているのでしょうか。

よく言われるように、
来世に、動物に生れ変わるということはありません。
それは、例外中の例外であって、人間は人間として転生するようです。

また、49日が経てば、次の母胎に宿るといわれますが、
これは、あの世へ旅立つまでの期間だと考えられます。

死んでから、次の肉体に宿るまでを、
仏教では中有と呼びます。

世親著の「倶舎論」にはこうあります。

此の中有の身は同類のみ相見る。
若し極浄の天眼を修得すること有ればまたよく見ることを得。
諸々の生得の眼は皆観ること能わず、微細なるをもっての故に。
虚空を凌ぐこと自在なり。


ようするに中有は霊体だということですね。


仏教でも、この霊界にいる期間については諸説あり、
実際は、その人の境涯によって個人差があります。
スピリチュアリズムなどでは、
平均すると、次に生まれ変わるまでの期間は300年程度と言われています。

数百年霊界にいると、
霊的進化に行き詰まりを感じるようになり、
また新たな経験をするため、前回とは違った環境の地上に生れることを決断するのです。

また、人間の魂は、
単体ではなく類魂(グループソウル)を形成しているため、
グループ内で順番に地上に生れては、経験を共有しているのです。

不思議なことであります。




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キリスト教と輪廻転生

キリスト教は、
輪廻転生の教義とは無関係であると思われていますが、
実は、初期のころのキリスト教では輪廻転生が説かれていました。

近年では、西洋文化圏でも、4人に1人は、輪廻転生を信じていて、
その割合は増え続けている、という調査報告があります。

これは、退行催眠による前世療法の認知、
輪廻転生を説くニューエイジ思想の広まり、
とも関係しているのです。

また、最近では、輪廻神学なるものを唱えているキリスト者もいるようです。


イエスさまが最初学んだエッセネ派では、輪廻転生が信じられていました。

聖書には、「洗礼者ヨハネは預言者エリヤだった。」
という転生を認めている発言があります。

ヴァレンティヌス、クレメンス、オリゲネス、アタナシウスなどの司教の教義には、
輪廻思想が認められますし、

異端となった、カタリ派、ボゴミール派などにも輪廻転生の信仰がありました。

神との合一を説く、グノーシス主義は、
プラトンやヘルメス思想から影響を受けており、魂の再生を説きました。


553年のコンスタンティノ公会議で、

「この世に生まれる以前の霊魂の存在と、
その帰結としての霊魂の再来という、根拠なき見解をもつ驚くべき教義を支持する者は、
誰であろうと破門されるべきである。」

という裁定がなされて以降は、
キリスト教で輪廻転生を説くことはタブーになってしまいました。


しかし今後は、いくら事実を覆い隠そうとしても、
ニューエイジの興隆によってあきらかにされていくのです。




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輪廻思想の正統性

輪廻転生は、事実です。
最近では、退行催眠療法やイアンスティーブンソン博士の調査などであきらかになってきました。

エドガーケイシーは、敬虔なクリスチャンでしたが、
輪廻転生情報をリーディングによって、開示しました。

輪廻を認める宗教は仏教だけではありません。
初期のキリスト教、ユダヤ教の一部、イスラム教のアラウィー派やドゥルーズ派、
ヒンドゥー教、道教など、
およそ地球上のあらゆる宗教がこれを説いているのです。

ギリシャのプラトンも、ヘルメス哲学を奉じる中世のルネサンスの思想家達も、
輪廻思想を支持しました。

近代の西洋人でも、シュバイツアー、エジソン、ゲーテ、エマソン、トルストイ、ワーグナーなど、
たくさんの人々が輪廻思想を信じていたのです。

霊界情報では、プラトンは中国の僧臨済として生まれ、
そして哲学者ヘーゲルとして転生したそうです。

このように、
輪廻思想は、国や人種や宗教による差別偏見を超えることのできる偉大な真実なのです。




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