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イエスさまは、
ヘルメス(仏陀の前世)の指導で、
人々に愛の教えを説きました。

人智学のシュタイナーは、
この件について言及しています。

生まれたときからイエスを照らしていた仏陀の応身は、
イエスが思春期に解き放つアストラル的な母胎と一体になった。
仏陀の応身は、このアストラル的な母胎を受け取って、
このアストラル的な母胎と一体になり、そうすることによって、
若返ったのである。
そして、若返ったことによって、かつて世界に与えたものを、
子どものような無邪気さでイエスのなかに、
ふたたび現わすことが可能になった。
また、イエスは複雑な、慈悲と愛についての高度の教義を、
子どもらしく語る可能性を得た。
イエスは神殿で、周囲の者たちが驚くような話をした。
イエスのまわりに仏陀の応身が漂っていたからである。


「シュタイナー仏教論集」




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2008.04.04 仏陀の前世2
仏陀の前世、
ヘルメスの思想は、
ヘルメス・トリスメギストスが著したとされる、
ヘルメス文書に顕されています。

エメラルドタブレットもその一部です。

ヘルメス思想は、グノーシス主義や、イスラム神秘思想、錬金術や魔術、
占星術、科学の源流にもなっています。

ヘルメス思想には、
ケプラー、コペルニクス、セルベトゥス、ケプラー、ライプニッツ、ニュートン
などの、近代科学の礎を築いた人々が信奉していた、というから驚きです。

ヘルメス主義者の化学者ロバート・ボイルは、
「人類に混乱をもたらす」と言って、
錬金術の研究を打ち切った、ともいわれています。

とにかく謎が多いのですが、
ヘルメスの万物照応の法則、内宇宙と外宇宙の対応論は、
現代においても通じる普遍の法則なのです。

西洋と東洋の発展には、
同じ、仏陀の力が働いていたのです。




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2008.04.04 仏陀の前世1
仏教では、お釈迦さま以前に登場した仏をたてる過去七仏信仰があります。
毘婆尸仏、尸棄仏、毘舎浮仏、倶留孫仏、倶那含牟尼仏、迦葉仏、釈迦仏の七仏です。

仏法は、お釈迦様が最初に説いたものではなく、
過去の仏陀によって連綿と説かれていたとする信仰です。

最近の霊界情報では、
仏陀の前世は、ヘルメスであったそうです。

ヘルメスとは、
ギリシア神話に出てくるゼウスの子供ではなく、
実際には、紀元前2300年ごろに、
ギリシアに生まれた救世主だったのです。

その後、エジプトで、
ヘルメス・トリスメギストス(三倍偉大なヘルメス)信仰が起こりますが、
これは、霊界のヘルメスが指導していたそうです。
ヘルメス・トート体制とも言われ、このトート神という存在は、
アトランティス時代の大導師トスのことであり、
トスもまた、仏陀の前世であるのです。
また、このヘルメスは、キリストに愛を説かせた霊存在でもあったとのことです。

なかなか信じ難い話ですね。

しかし、
実は、仏陀がヘルメスであったという話は、西洋では昔から言われています。




紀元前5世紀。
マケドニアのアレキサンダー大王が、インドへ遠征に来たあと、
インドには、ヘレニズム(ギリシャ風)文化が流行り出した。
ブッダは、そういう時代に便乗し、生きた人物である。
仏教は中でも、ヒンズー教から枝別れした、当時の新興宗教であり、
かくもギリシャ神道の、当時のバッカス教(全ての人間は神の前に平等である)や、
オルフィム教、オルペウス教(因果応報・輪廻転生)等の影響を、
おもむろに受けた宗教であった。
それゆえ当時、シャカ族の王子・ブッタは、
「ゼウスの息子、ヘルメスの転生である。」との、言い伝えさえもある。
理由に、母の名が、MAIA(マイア又はマーヤ)で、同じであった事や、
生まれて間もなくして人語を何の躊躇もなく喋ると言う奇跡を行なった、などがあげられる。
ブッダの銘セリフに「天上天我、唯我独尊」という言葉がある。
この言葉はのちに、紀元前5世紀以降に出現した、
エジプト神道のマギ(賢者・博士)であった、
ヘルメス・トトの教理「アルファー カイ オメガ(私は全てである)」と共通する。
そしてヘルメス・トトの姿も、なぜかブッダと同じ、右手を上に上げ、
左手を下に向けて、やはりあぐらをかいているのである。
ちなみにこの「アルファー カイ オメガ」は、のちにヘルメス・トトの教理を得た、
バルタザ-ル(クリスマスの聖夜に登場する3博士の独り)に受け継がれ、
キリスト教へと結びつく事にもなる。
これは一般世間ではあまり知られていない、広大なる話であった。

バーバラ・ウォ-カー著「神話・伝承辞典」


ブッダとは、古代エジプトのトト、古代ギリシアのヘルメス、
ヨーロッパ諸国におけるメルクリウス、
ゴート系諸部族のウォーデンなどの神々と同様に、
バラモンに先立つ立法者である。

「アジア研究」誌(パリ、帝国出版局刊)




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2008.04.04 最高の幸福
この世で一番の幸福とは何でしょうか?

満足感や感動はなかなか、持続しないものです。
刺激や興奮には、慣れますから、
それ以上のものを求めてしまい、その充足にはきりがありません。

ものや他人、地位や名誉に頼ると、裏切られます。


それに比べると、悟りの幸福は、永遠に続くものであり、
制限がありません。それに神の愛は無限です。

神が存在していて、永遠の生命を与えられている、ということに気づくこと、
自我というエゴを超越した法悦を経験すること、
愛に溢れ、自分と他人が一体に思える感覚を持てること、
霊的に成長していることがわかること、

これがこの世での、最高の幸福です。

悟りをつかむと、全ての存在が輝き、光に満ちます。
大宇宙の中で、自分が生かされていることが、はっきりとわかります。

あらゆるものとの境界線が無くなり、一つになります。
ニューエイジでは、ワンネスと呼ばれます。

真実の世界を垣間見た神秘家は皆、同じことをいっています。

「人は、パンのみに生きるにあらず」なのです。




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仏教では、三世両重の因果が説かれます。

過去世・現世・来世にわたって因果応報の法則が働き、
それが輪廻転生のしくみにもなっています。

そして、それをつぶさに観測すると、十二縁起説が導きだされます。

この十二縁起を無理矢理、この世のこととして説明する学者もいますが、
それは、人間の魂を認めない唯物論的解釈にすぎません。

真実の十二縁起説を、雲照律師『仏教要論』を参考に見てみましょう。 



十二縁起

[過去]
①本有=前世での、無明の煩悩の為、善と悪の行を起こす生活。―【無明・行】
②死有=前世の寿命が尽きたところ。
③中有=前世の死後から、現世に生まれるまでの中間の生活。
       六道に生まれるものは、幽体である。

[現在]
④生有=過去世の業によって、中有界の幽体から人間の母胎に生を宿す位。
       染色体の生まれた生命の発芽。―【識】
⑤本有=母胎に宿ってから、人生を送って死ぬまでの生活。
      ・染色体より三十五日間の成長する期間。
        この間に名(精神)・色(物質)が形成される。―【名色】
      ・染色体より細胞分裂し、
        十ヶ月の間に眼・鼻・口・舌などが形成される。―【六処】
      ・感覚の世界。母胎から生まれて一歳ぐらいまで。外界に触れる。―【触】
      ・教育を受ける期間。二十ぐらいまで。―【受】
      ・愛欲が生活の中心になる時代。
       恋愛・結婚・家庭生活が始まる三十代ごろまで―【愛】
      ・名誉・地位・財産などの五欲を取り込もうとする活動期。
        五十歳ごろまで。―【取】
      ・今迄の習性が身につき、人生観が決定する時期。
        この時に、後有を決定する。晩年。―【有】
⑥死有=今世での人生に死別する姿。

[未来]
⑦中有=死後、中有界で一休みする短期間。一種の幽体である。
⑧生有=中有界にも無明と行とがあり。やがて生処を求める。
       地獄界にも無数の地獄あり畜生界にも無量の生がある。―【生】
⑨本有=老の位。地獄界にも老の時あり。―【老】
⑩死有=未来世の最終。続いてまた、中有界へ。―【死】


これは、人間の生存のあり方を、時系列にならべて説明したもので、
無明→行→識→名色→六処→触→受→愛→取→有→生→老死
となり、十二縁起となります。

十二縁起は、
人間の苦しみ、迷いの原因は無明(智慧の無い状態)
にあることを説明したのであり、逆に苦しみから逃れ、
迷いの輪廻から解脱した自由な境地を目指すためのものでもあったのです。




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2008.04.04 妖怪博士
井上円了博士は、真宗大谷派慈光寺で生まれました。
京都東本願寺の学校から、東京大学へ入学し哲学を学びました。

その後は、哲学を基盤にして、仏教を究明するとともに、
哲学思想を広めることが、世の利益になると信じて、
哲学館(後の東洋大学)を設立して、その普及に努めました。

博士の建設した哲学堂には、ソクラテス、カント、孔子、釈迦
の四聖が祀られています。


博士は、仏教哲学者以外に、妖怪博士という異名を持ち、
お化けや妖怪などにまつわる話を、日本中調査して研究しました。

そのおかげで、迷信や俗信を排斥しようとした
合理主義者だと思われていますが、

科学で解明できない妖怪を「真怪」として認めていたり、
仏教思想に根拠をおく霊魂不滅論を唱えているのです。


道徳上、人に満足を与えるには、
霊魂不滅説によって、
善悪の応報は死後必ずくるものと確信させることが肝要であります。
諺にも『善悪もし報いなくんば乾坤必ず私あらん』とあって、
われわれは天地の正理の存在する限りは、
善悪には必ずその報いがあると信じて、
その賞罰を死後永遠に期するものであります。
そして、天地の正理は宇宙の正理であり、
宇宙の正理は善悪応報の規則であって、
その規則はまったく霊魂不滅に基づくものであるから、
われわれの安心は霊魂不滅説によらなければ、
達することができないことは明らかであります。


「霊魂不滅論」



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仏教を一見したところ、
人間が、神を虚無として思い描くなどということは驚くべきことかもしれない。
さぞや奇怪至極に思われることであろう。

けれども、もう少しじっくりと考えてみるならば、
これはただ、神がいかなる限定も受けない、
無限定なものであることを意味するにすぎない。

神にふさわしいような具体的な限定などありえない。
神は無限なのである。

『われわれは神についてはなにひとつ知りえず、
なにも認識しえないし、神のいかなる表象も思い描くことはできない』

と言う場合、これは神がわれわれにとって、
虚無であるということを示す穏やかな表現なのである。


ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル



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2008.04.04 仏教と心理学
そうはいっても、
仏教と心理学は相性が良いのです。

トランスパーソナル心理学やユング心理学
と唯識思想を関連づける試みはなされていますし、

森田療法や内観療法も仏教から生まれています。

また、最近では、禅セラピー、仏教カウンセリングなるものもあり、
注目を集めています。

ヴィパッサナー瞑想や、その他の仏教の身体技法も、
いろいろと科学的に研究され、その効能が認められつつあります。

いずれにせよ、仏教は心の病気を治すものであり、
人々を幸福に導くための、総合的な人間学でもあるのです。

そして、
心理学の到達していないところの、霊的世界を扱い、
霊的調和、過去世・現世・来世の三世をつらぬく魂の健康をもたらすのです。




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もうすぐ1000カウントになります。

とにかく、このブログをこつこつと続けていきたい。

僧侶として、人々の幸福の為に生きたい。
愛をもっと説かなければいけない。
愛を与え続けなければいけない。

人々は、霊的に飢えているのだから、
僧侶ぐらいは、打算や利己主義から無縁でいたい。

僧侶の地位を向上させたい。
仏弟子として、恥じない姿でありたい。

現代仏教は死に体のようだ。
世の中に何の提言もせず、
安易な平和主義人権主義を掲げているだけ。

人々の悩みに答えきれず、ただ教団維持に終始しているかのようだ。

精一杯背伸びして、
オカルティズムやスピリチュアルを批判する程度。

本末転倒とはこのことである。
仏教こそ、心霊主義、ニューエイジ、オカルティズムを包含した教えなのだ。

今一度、仏教に霊性を取り戻したい
そんなたくらみをもってこのブログは、書かれています。


日々、精進いたします。




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