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1980年代から、
世界中でスピリチュアルな運動が起きています。
これは、あきらかな霊界側の計画です。

現代には、物質文明に終止符を打つべく、
使命を持った霊人が大勢地上に生れてきています。

人類の集合想念によって、蓄積された負のカルマは、
天変地異や戦争を引き起こします。

それ故、危機の予言が多く発せられています。

宇宙人に助けてもらう以前に、
地球人で何とかしなければなりません。

愛に生きよ。
心を制御し、霊界からのインスピレーションを受け、
正しい教えを広めれば、仏国土建設は可能である。


これが霊界からのメッセージです。

新たな、地球規模の人類救済運動が起きているのです。

アセンションというのは、
人類が、霊的に目覚めるという意味では、正しいのです。

僧侶も、いざ、ニューエイジ運動へ。




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ジェーン・グドール博士は、イギリスの霊長類学者です。
国連平和大使に任命もされています。

博士は、チンパンジーの群れの一員となり、
世界で初めて、チンパンジーが道具を使うことを発見しました。

現在は、世界中で、環境保護と霊性の大切さを訴え講演されています。

博士の主張は、とにかく感動的なのです。


東洋の神秘家や聖人たち、世界の大宗教の開祖たちは、
地上における生の意味や目的を探求して、
驚異と美の光景が見える窓や、暗黒と醜悪の光景が見える窓から世界を見つめてきた。
そして、彼らは、自らが見た真実について、頭だけでなく、心と魂を動員して黙想した。
そうした啓示から、聖書や経典、崇高な詩や至高の散文に見られる、
霊的本質をとらえた数々の言葉が生まれたのだ。

あまりにも多くの人が、科学と宗教は反目するものだと考えているのは、何と悲しいことだろう。
人間の知性は、実に恐るべき発達を遂げている。
ヒトがいずれは神秘や畏怖を感じる感覚を跡方もなく失ってしまうものだとしたら、
それはどんなに悲しいことだろう。
左脳が右脳を支配し、理性が直感を左倒して自己の存在の内奥から、
精神の本質から、魂から絶対的に切り離されてしまうとしたら?

まぎれもなく私達の時代の最も優れた科学者であり思想家のひとりだった、
A・アインシュタインは、神秘家たちの生命観を支持していた。

そして、夜空の星を見つめる度に感じる驚異と敬虔の感情によって、
その生命観が絶えず更新されると言っていた。

ヒトのあらゆる信念の中でも、宗教的・霊的な信念は、最も強靭にして、
最も長く続いたものであり、
それは時には半世紀にもわたる徹底的な迫害にも耐えて、命脈を保ってきた。

世界各地の先住民達は、今でも創造者である「大いなる精霊」を信じている。
進化によるものであれ、神の創造によるものであれ、
ヒトがいかにしてヒトになってきたのかは、本当はさほどの問題ではない。
深刻に問題にしなければならないのは、ヒトのこれからの発達なのだ。
私達はこれからも、神の創造物を破壊し、互いに争いあい、
神の惑星に住むヒト以外の生き物を傷つけながら生きるのか?

あるいは、ヒトが調和し、他の生き物と調和し、自然界と調和して生きる道をみつけるのか?
それが重要である。





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2008.04.09 禅マスター
鈴木大拙氏は、
アメリカに禅の思想を伝えた禅家、仏教学者です。
哲学者の西田幾多郎と、親友であったことは有名です。

大拙氏は、
東京帝国大学に学び、
臨済宗の僧、釈宗演の元で参禅しました。

その後は、単身アメリカに渡り、
数々の仏教経典の翻訳、
禅についての著書を英語で著すなどして、
仏教思想を広く海外に知らしめました。
アメリカでは、エール大学、ハーバード大学などでも講義を行っています。
現代の海外でのZENの流行も、この業績によるところが大きいのです。

また、あまり知られていませんが、
スヴェーデンボルグや神智学などの神秘主義文献を日本に紹介しています。

このように、大拙氏は、
広く仏教思想や神秘主義思想を研究し、
東洋文化と西洋文化のかけ橋となろうとして、
東洋の仏教思想を西洋に紹介し、
西洋の神秘思想を日本に輸入したのです。

大拙氏はまた、魂についても語っています。

魂をば実体としてではなく、原則としては考えることができよう。
また、それが、すでに存在していて、
魂を受け入れる準備の整っている身体の中にはいりこむ、と考えずに、
自ら住まうに適した身体を創り出す、と考えることはできる。
この場合、魂が先立ち、身体がそれによって構成されると考えるのである。
これこそ実を言えば仏教的な輪廻観なのである。


「神秘主義」


大拙氏の、その行動力と情熱は、
過去世で、インドから中国に渡海し、
少林寺で面壁、禅を伝えた達磨大師であった時代にも見ることが出来ます。




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神学校に通い、牧師の道を志したこともある、
アメリカの心理学者カール・ロジャーズは、
カウンセリングの神様とも呼ばれます。

彼は、心理療法を模索する過程で、
東洋的霊性体験を生み出す治療法として、
エンカウンター・グループ学習法を確立し、
その効果は現代でも広く認められています。

健常者の、親密になりたい、ふれあいたい、
という気持ちを大切にしたその方法は、

グループが輪になって、
心の内を話すのをただ見守るだけで、
進行中の過程において、一体感が育まれ、
その場には集合的な調和が生れるというものです。

ロジャーズは晩年には、心霊主義に傾倒しますが、こう言っています。

宇宙は決して単なる物質的なものではなく、
そこにはある種の超越的な組織化する力が働いていて、
その働きは人間の中にもある。
このような新しい宇宙観と調和するような仕方で、
これからの人間は生きていかなくてはならない。


カウンセリングの神様と呼ばれるその包容力の秘密には、宗教心があったのです。




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2008.04.09 善と悪
この世においては、
善と悪にはグレーゾーンがあり、
曖昧なようにも思えますが、
あの世では、善と悪は、はっきりしています。

時代性や地域性に関わらず善と悪は分かれています。

これは、全ての人は、同じ法則の下にあって、
宇宙を貫く法則が存在するということです。

その法則に基づいて、
悪いことを思って生きれば、地獄に堕ち、
善いことを思って生きれば、天上界に帰れるのです。

悪は、神仏の思いに反することであり、
善は、神仏の思いに適うことなのです。

ですから、イスラム教の厳しい戒律も、モーゼの十戒も、
人々を苦しめるためのものではなく、来世の幸福の為にあるのです。

このように霊的世界の裏打ちがあって、戒律は説かれています。

仏教では、十善戒が説かれます。


十善戒
 
不殺生(ふせっしょう)  無駄に生き物を殺さない
不偸盗(ふちゅうとう)  人のものを盗まない
不邪婬(ふじゃいん)   男女間の節制を守る
不妄語(ふもうご)     嘘をつかない
不綺語(ふきご)      心にもないことを言わない
不悪口(ふあっく)     言葉で人を傷つけない
不両舌(ふりょうぜつ)  二枚舌を使わない
不慳貪(ふけんどん)   貪欲を慎む
不瞋恚(ふしんに)    怒り、腹立ちを抑える
不邪見(ふじゃけん)   誤った見解を持たない





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2008.04.09 厭世の人
ショーペンハウアーは、
カントの弟子を自認していたドイツの哲学者です。

終生、釈尊を尊敬し、独特の厭世哲学をうちたてました。
彼は、生涯独身で、孤独な性格であったようです。

著書に、「自殺について」、「幸福論」、「読書について」、などがあります。

その思想は、
全世界は盲目的な意志のあらわれであるとし、
その盲目的な意志ゆえに、望み通りにはならない世界は苦しみである、
その苦しみからの解脱を、禁欲、自制、克己によってはからねばならない、
というものです。

まさに仏教にそっくりです。

一方で、ショーペンハウアーは、視霊論を著していています。

かつて生存した人と、
現に生きている人との間の区別は絶対的なものではなく、
両者のなかには、
ともに同一の生きんとする意志があらわれていることをはっきりさせるべきである。
これによって生者は黙想によって、
死者からの連絡として示される、
もろもろの記憶を明るみに出すことができるであろう。

各人の意志は固体化のいかなる制限によっても妨げられることなく、
したがって直接遠方から他人の意志に作用するばかりか、
他人の生体にも作用する。


「視霊とこれに関連するものについての研究」

尚、ショーペンハウアーの過去世は、
ストイックの語源ともなったストア派のセネカであったようです。




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2008.04.09 仏教の五明
もともとインド仏教には、
五明という学問分野があり、僧侶はそれを修めていました。

五明とは、
声明という文法学、工巧明という工学、
医方明という医学、因明という倫理学、内明という仏教学、
の五つの学問です。

特に、医方明には、鬼障を論ずる鬼神学という診療科目がありました。

この鬼神学とは、霊障や憑依現象などに関わる精神治療のことでした。

中国の天台大師の著した「摩訶止観」にも、

魔病(悪魔による障り)、鬼神病(邪霊による障り)、
業病(前世のカルマによって生じる病)などの、
治療方法が、詳しく説明されているのです。

仏教医学には、
地・水・火・風の四大による病因論があったのです。

このように仏教はもともと、総合的な学問でもありました。
そして、病気治しをはじめ、様々な分野において人々を救っていたのです。

西洋で、科学と宗教が分離されたように、
仏教もいつのまにか、空理空論の哲学になってしまいました。

なんとしても、仏教に力を取り戻さなければなりません。

その為にも、ニューエイジとの対話が必要なのです。




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