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2008.04.14 法鏡の教え
お釈迦さまは、すでに亡くなった弟子や在家信者の、
死後の行き先を尋ねられて、それに、詳細に答えています。

そしてこう言われているのです。




このように死後の行く末について知ることは、如来にとって別に不思議なことではない。
しかし、人が亡くなったらその都度、私のところに来て尋ねられるのでは煩瑣でわずらわしい。
そこで、これから真理の鏡(法鏡)という教えを説くことにしよう。

この教えをよくわきまえていれば、
各自が望むままにはっきりと知ることが出来るであろう。


パーリ原始仏典長部第16経「大般涅槃経」




この、
「真理の鏡(法鏡)という教え」とは、

仏・法・僧への絶対の信仰を持つこと
仏の戒めを守ること、であり、
この教え通りに生きた人の場合は、天上界に帰ることが出来る。
そうでない場合は、悪趣に行くこととなる。

このことを、鏡として、
信者の姿をうつしだして判断すれば、死後の行先が判断できる、
ということであります。




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D・カーネギーは、悩みについてのあらゆる本を読破しました。
それは、心理学、精神医学、哲学、宗教と多岐にわたっています。

彼はそれを実践して自分の血肉とし、平易な言葉で人々に説きました。

その著書は、不朽のベストセラーとなっていますが、珠玉の言葉でいっぱいです。

彼の幸福法を紹介します。


「幸福になる」という決心をして、その決心を貫き通せば、
本当に幸福になれることをご存知だろうか。
人が幸福になるかどうかは、心の持ち方次第である。
財産や名声では決して決まらない。
次に幸福になるための心得をあげてみよう。



1、あくまで自分独自の人生哲学を築き上げるように心がける。
  他人の言葉や行動に動かされて、自分の信念がぐらつくようではだめだ。

2、気が滅入る時には、天気のよい日に景色のよい所へ散歩に行く。
  自分の周囲にどんなに美しいものがあるか考えてみる。
  これを実行すれば、その瞬間には完全な不幸はあり得ない。
  この瞬間にその一日の、一週間の、一ヶ月の、あるいは一年の、
  心の持ちようが決まるのだ。

3、美しい詩を読み、美しい音楽に耳を傾ける。

4、(これが最も幸福を生む働きがある)他人に親切さを尽くす。

5、家の中をきちんと整頓し、常に美しくしておく。

6、できるだけ健康を保つ。慢性になりやすい病気に自分でかかる必要はない。
  そんな病気にかかるのは、自分の体を粗末にするからだ。

7、趣味を持つこと。
  何か自分が今まで興味を抱いていたものを趣味にすることだ。





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2008.04.14 病は気から
キリストは、病人を治す奇跡をたくさん行いました。

スピリチュアルで病気が治るというのは本当でしょうか?


最近では、癒しやヒーリング、代替医療が見直されています。

医学では、心と体の相関関係を理解するようになってきました。

プラシーボ効果に見られるように、思いは肉体にも作用します。

そのため、
ほとんどの病気は、心が原因だといわれています。

逆に言うならば、心のあり方次第で、病気が癒えることはあるということです。


自分の体には、自分で治せる力があります。

自分でつくった病気は、
自分の意識を変えていけば、治すことが出来ます。

強い信念、自己暗示は、実際に力を持ちます。
自己治癒力、自然治癒力を信じましょう。


また、
精進と信仰心によって、
天上界の光の加護を受けることが出来ます。

神は、努力している者を見捨てることはありません。
神に愛されるようになりましょう。


たとえ、病気による死が訪れても、あの世での幸福が待ってます。
精進は、決して無駄になることはないのです。




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2008.04.14 太陽の法
仏陀の前世、ヘルメス。

世紀末に説かれるという太陽の法。

救世主はアジアから現れる。


ノストラダムスは予言していました。


それはどんなに長く待ってもやってこない
ヨーロッパからではなくアジアに現れる
大いなるヘルメスの系列から発する東洋の王
全てを超えるだろう


「諸世紀」第10章75


月が二十年力を持ち続け
太陽が今度は力を握る 
そのうえ
太陽は最後の力を示す
わが予言もかくして終わる


「諸世紀」第1章48


太陽の法と金星の法はきそい
予言の霊を使い
お互いに相容れない
大いなるメシアの法は
太陽によって残存するだろう


「諸世紀」第5章53



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2008.04.14 仏陀の予言2
古い仏教経典には、
末来仏が下生するのは、3000年後であるという記述もあります。

また、
「優曇華が3000年に一度花を咲かせる時には、必ず法輪聖王が世間に現れる。」
と予言している経典もあります。

優曇華は奇跡の花、
三千年に一度花が咲く、
花を咲かせたら、必ず金輪(法輪)王が現れる。


「法華文句」


アジアでは、昔から、
仏陀は2500年後に東の国に生れてくる、とする信仰があります。

日蓮主義者の石原莞爾氏は著書、「最終戦争論」の中で、
仏陀の予言について語っています。


空を見ると、たくさんの星があります。仏教から言えは、
あれがみんな一つの世界であります。
その中には、どれか知れませんが西方極楽浄土というよい世界があります。
もっとよいのがあるかも知れません。
その世界には必ず仏様が一人おられて、その世界を支配しております。
その仏様には支配の年代があるのです。
例えば地球では今は、お釈迦様の時代です。
しかしお釈迦様は未来永劫この世界を支配するのではありません。
次の後継者をちゃんと予定している。弥勒菩薩という御方が出て来るのだそうです。

また日蓮聖人は、
インドから渡来して来た日本の仏法はインドに帰って行き、
永く末法の闇を照らすべきものだと予言しています。

日本山妙法寺の藤井行勝師がこの予言を実現すべく、
インドに行って太鼓をたたいているところに支那事変が勃発しました。

行勝師の話によると、セイロン島の仏教徒は、
やはり仏滅後二千五百年に仏教国の王者によって世界が統一される、
という予言を堅く信じているそうで、
その年代はセイロンの計算では間もなく来るのであります。



1956年のインドでのダライ・ラマ氏のスピーチです。

ある経典に、釈尊入滅2500年後、
仏法は“赤い顔の人々の国”に栄えるであろうと予言されています。

もし仏法が全世界にひろまったならば、
まちがいなく私たちの来生に善き果がもたらされることでしょうし、
今生の間にも、憎怒、暴力行為や暴力手段、他者への搾取のない、
誰もが幸福と反映を享受できる時代が到来することでしょう。



1956年というのは、
世界各地で、釈尊入滅2500年記念式典が開催された年です。

そして、まさしく、仏陀は1956年に東の国に再誕されているのです。




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2008.04.14 仏陀の予言1
お釈迦さまは、いろいろと予言を残しています。

「大方等大集経」という経典にこうあります。

我が滅後に於て五百年の中は解脱堅固、
次の五百年は禅定堅固、
次の五百年は読誦多聞堅固、
次の五百年は多造塔寺堅固、
次の五百年は我が法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん。


仏陀滅後、
五百年間は、悟りを得る者が存在し、
次の五百年間は、禅定に入れる者の数が保たれ、
次の五百年間は、経典を読み、法を聞く者のみになり、
次の五百年間は、寺院などの建築物のみが守られ
次の五百年間は、僧侶は争いあい、仏法が廃れてしまう。

というのです。

釈迦没後、すでに二千五百年を過ぎている現代は、どうなるのでしょうか?
白法は、隠没したままなのでしょうか?

このお経には、末法のこの世の様子がいろいろ描かれていて、

正しい法が廃れる時は、世が乱れ、人々の心が荒み、
悪がはびこり、天変地異が起こるであろう、と予言されています。

仏教には、末来仏信仰があり、
弥勒が、56億7千万年後に下生して世を救うとされています。

このような気の遠くなるような長い期間を待たなければいけないのでしょうか?

仏は衆生を見捨てるのでしょうか?




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2008.04.14 精進の楽しみ
精進することは、苦しいことばかりではありません。

日々の気づきがあり、新たな発見の喜びがあり、
霊的成長が実感できます。

自然と、周りの人が笑顔になり、
他人の良いところが見えるようになります。

孤独や沈黙に耐えられるようになり、小さなことに幸福を感じます。

悲観的な考え方をしなくなります。

何より、死の不安、恐怖が薄れます。

神の下で、永遠の今を生きていることが実感できるのですから。

日々、精進して、もっと面白いブログにします。




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2008.04.14 神足通
お釈迦さまは、
修行者は、第四禅の瞑想によって、
幽体離脱が出来るようになる、ということを説いています。

これは、神足通ともよばれる、六大神通力の一つです。
生きながらにして、自由自在に霊界に参入できる能力です。


このようにして心が安定し、堅固な不動のものとなると、
比丘は思考からなりたつ意生身を化作することに、
心を傾け、心を向ける。
彼はその物質的な身体から、別の身体、
形はあるが思考から成り立ち、四肢も完全にそなえ、
感覚器官もそこなわれないままの身体をつくりだす。


パーリ原始仏典長部第2経「沙門果経」




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