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現代のニューエージ運動につながる、
癒しの伝統を生み出した重要な人物が、
オーストリアの医師フランツ・アントン・メスマーです。

メスマーは、
磁石治療をきっかけに、催眠現象に気づき、
人体に流れる一種の物理的な生命エネルギーを発見し、
それを「生体磁気」と呼びました。

生体磁気催眠をメスメリズムと言いますが、
メスマーはこの語源になっています。

その理論は、

宇宙を満たしている精妙な物理的なエネルギーが、
人間と地球、天体の間、人間と人間の間を媒介する。

病気は、人体にあるこのエネルギーのバランスが崩れることで生じる。
病気から回復するには、このバランスを取り戻すことが大切である。

あるきまった技法を用いることで、このエネルギーの流れが出来、
貯蔵したり、他の人に移すことが出来る。


というもので、
患者を催眠状態に入らせて、治療を行いました。

メスメリズムによってトランス状態になった患者の多くが、
霊媒となって、様々な言葉を語ったと言われています。


メスマーの理論は、
催眠治療療法、フロイトの精神分析、
カイロプラクティク、オステパシー、ハンド・オン・ヒーリング、
などの誕生にも多大な影響を与えています。
また、近代オカルティズム、心霊主義の源流にもなりました。


メスマーは、正当派科学界から迫害をうけ、晩年は孤独であったそうです。




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もはや、スピリチュアルブームを無視することはできません。

メインカルチャーにも、スピリチュアルが浸透してきました。

医学、心理学、福祉、芸術、音楽、テレビ、漫画、映画、文学などなど。

あきらかに、風潮は変わってきています。

これには、霊界からの働きかけも加わっています。

人々は、霊的なものに興味を示し、
スピリチュアルに関連するものは、良く売れます。

本屋に行けば、精神世界のコーナーは確実に大きくなっています。

人々は、マルクス流唯物論の呪縛から解かれて、気づき始めています。

「霊や死後の世界など無い」
という学者や知識人の言うことは、嘘だったのだと。

本来人間は、宗教的な存在です。

スピリチュアルブームは、マルクスへの批判の萌しをはらんでいるのです。




民衆の幻想的な幸福である宗教を揚棄することは、
民衆の現実的な幸福を要求することである。
民衆が自分の状態についてもつ幻想を棄てるよう要求することは、
それらの幻想を必要とするような状態を棄てるよう要求することである。
したがって、宗教への批判は、
宗教を後光とするこの涙の谷への批判の萌しをはらんでいる。


カール・マルクス「へーゲル法哲学批判序説」




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欧米のニューエイジ運動の、
指導者デビッド・スパングラーは、

ニューエイジ運動を4つに分類しています。


1、商業主義の産物としての表層的なレベル。

2、メディアが扱うポップカルチャーとしてのレベル。

3、ニューエイジの様々な現象を「パラダイムシフト」として関連づけ、
  ニューエイジ運動を「変化のシンボル」ととらえるレベル。

4、この地上の生命を再び「聖なるもの」につなげる運動として、
  ニューエイジ運動をとらえるレベル。



一口に、ニューエイジと言ってもいろいろあります。

愚僧が主張するニューエイジというのは、
宗教の復興、霊性文明へのシフト、仏国土建設運動のことなのです。




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2008.04.16 禅の聖典
大乗仏典の「楞伽経」は、
中国の武帝が信奉し、その後の禅宗などに、
大きな影響を及ぼした経典だとされています。

楞伽とはランカーを音写したもので、
スリランカとも南インドとも言われています。

ですから、お釈迦さまがランカー地方で説いたお経という意味になります。

このお経では、
あらゆるものは心の投影であり、
いっさいのものは阿頼耶識から生じる、という唯心論が説かれ、
この世のものに執着してはならない、と戒められています。

そして、すべてのものが仏性を持ち、
如来になりうる可能性を秘めているとし、
それを開発し、聖なる悟りの境地に至るための瞑想法である、

声聞・縁覚の行う「愚夫所行禅」、
法無我を観察する「観察義禅」、
すべての思慮分別を離れる「攀縁如禅」、
如来の境地になり衆生救済に専念する「如来禅」、

の、四禅定が説かれています。

このお経は、
唯識思想、空観思想、如来蔵思想などの、
大乗仏教の主要学説により構成されている思想体系経典であり、
哲学者のケン・ウィルバーも高く評価しています。




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2008.04.16 神と仏
神と仏はどう違うのでしょうか?

神概念はどのような宗教にもあるのですが、
仏教だけは、無神論だと誤解されているようです。

仏教の説く、
宇宙の真理である法(ダルマ)は、
神に相当する概念です。

キリストも仏陀も、共に神の使いです。

仏教者は、
神を否定するということが、近代の合理的世界観に合い、
キリスト教との対比において有利になるからといって、
神を否定するべきではありません。

仏陀は、内なる智慧を開発し神に至る道を説き、
キリストは、幼子のごとく主なる神に帰依する道を説いた、
ということです。

神を否定するということは、
世界から神秘を奪い去ることであり、
世界に偶然性や虚無性をもたらすことになります。

ニューエイジ時代の仏教者は神を語らねばなりません。

「開放系の神」を唱える、
仏教学者の津田真一先生に語ってもらいましょう。

私自信はいまだ神観念の必然性をいうのみで、
その神をその全きリアリティーにおいて現見したわけではありません。
しかし、その神が、ついに私たち人間が救済されるか否か、
人間性の意義が改めて再確保されるか否かの厳粛な場面に関わる、
最も厳粛な概念であることは知っています。
ですから、私たちは仏教学という私たちの思想的営為において、
その神概念に対して、最も敬虔でなければならないと思うのです。
しかし、現在の仏教学の水準における仏教=無神論では、
私たちはその思想的営為のレベルそのものに到り得ないのです。
はじめから、思想の学にはなり得ないのです。


「アーラヤ的世界とその神」




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2008.04.16 自己改革
自分のことばかりにこだわるのは止めよう。

世界を見渡そう。

苦しみ悲しみ孤独の中にある人々であふれてる。

何とかして力になれないだろうか?

笑顔一つも作れないのか?

愛の言葉一つかけてあげられないのか?

自分を責めるのはやめよう。

自分を許そう。

自分と他人と仏を信じよう。

人を愛し、人を生かし、人を許そう。

ニューエイジ革命は、自己改革から始まる。

精進します。




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2008.04.16 先祖供養
お釈迦さまは、適切な先祖供養が必要であると説かれています。




お釈迦さま、わたしたちバラモンたる者は、
先祖供養祭をしたり、布施をしたり、善行をおこなって、

 『この布施が亡き親族縁者のためになりますように。
  この布施の功徳を亡き親族縁者が享受しますうように。』と唱えて廻向しています。

お釈迦さま、その布施はほんとうに亡き親族縁者のためになるのでしょうか? 
亡き親族縁者は、その布施の功徳をほんとうに享受するのでしょうか?


「亡き親族が適切な境遇に生まれているなら、布施はためになります。
そうでなければ、ためになりません。

天人には天人の滋養が、人には人の滋養が、
畜生には畜生の滋養が、地獄には地獄の滋養があり、

その霊的な滋養によって、それぞれの生命はそれぞれの境遇で生存しています。
そこに生きる者たちには、布施の功徳はためになりません。

餓鬼には餓鬼の滋養があり、それによって餓鬼は餓鬼道で生存しています。

餓鬼はまた、友人知人・親族縁者がこの世からかれらのためにと、  
布施するそのことによてっても生き長らえます。

そうして餓鬼道に住むものには、布施の功徳はためになります。
この餓鬼道が、布施の功徳が役に立つ適切な境遇です。」


原始仏典増支部「ジャーヌッソーニ章」




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