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宗教には、神人隔絶型と神人合一型があります。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は神人隔絶型の宗教と言われます。

これらの宗教では、
神と人間の間には、最初から圧倒的な差異が存在し、
人間は神によってのみ救われるのですが、決して神となることは許されません。

一方の、神人合一型の宗教は、
神は万物に宿り、神と人間は一体であり、
人間は、神近き存在となっていくこと出来る、と説きます。

汎神論、神秘主義、グノーシスなどもこれにあたります。

仏教でも、仏と成るために修行をするのであって、
内なる仏性を開発して悟りの階梯を昇っていく道が説かれています。

誰でも仏陀となる可能性があるということは、大変な希望であり喜びです。


神人隔絶型の宗教では、
人間の罪が強調され、神は罰を与える存在であり、畏れの対象です。

神人合一型の宗教では、
人間を肯定的にとらえ、神は育み共に歩んでくださる存在です。

どちらが、神の真意に近いのでしょうか?

慈悲深い神は、
自分の子供達が、無限に成長していくのを望まれるはずです。

実際に、私達は永遠の霊的進化の過程で、
神仏近き存在へとなっていくことが可能なのです。

精進いたしましょう。




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2008.06.03 仏教と魂
欧米の著名な仏教学者である、
コロンビア大学教授ロバート・サーマン氏は、
仏教における「魂」について、こう説明しています。


魂は、命ある者のもっとも深い本質であり、
生から生へと旅し、再生し、最終的には解脱にいたる。
シャキャムニ・ブッダの有名な無我の教えは、
しばしば「魂がなくなること」と翻訳されてきたため、
西洋では仏教は虚無主義だ、無神論だ、と見なされることとなった。
シャキャムニ・ブッダは、絶対的な、普遍の、固定化された、本質的に実体化でき、
本質的に個別化できるエゴや自我をすべて否定したように、
そうした魂をもすべて否定している。
しかし、エゴや自我や魂と呼びがちな、相対的で、変化し、関係があり、生命があり、
因習に縛られた存在について、仏教の心理学は決して否定していない。
チベット仏教の『自然に解脱する書』においてはとくに、
超微細な身体―心は、死、バルド、解脱あるいは再生をへて存在する魂とされている。





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2008.06.03 見えない働き
地上には、七色の霊的な光線が降り注いでいます。

それらには、それぞれ属性があります。

赤は正義、青は知性、緑は調和、黄は法、白は愛、紫は秩序、銀は科学。

人類はこれらの霊光によって育まれているのです。

文明の源は霊界にあり、そこで計画された方針が地上に降ろされます。

私達は、想像以上に霊的存在に守られ、導かれているのです。

見えないところで、日夜、働いている霊人がいます。

ですから、私達は決して、一人ではありません。

感謝を捧げることで、さらなる加護をいただけるでしょう。




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