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2008.06.26 神聖な不満
僧侶は、智恵の眼で、
時代の流れを正確に見極める必要があります。

これは、単なる中世がえりではないのです。
科学と宗教が統合した高度な霊性文明の夜明けです。

全霊界の総力をあげての地球規模の仏国土建設運動がはじまっているのです。

同じ計画を司っている高級霊からの、アメリカ西海岸のチャネリングメッセージです。




宗教団体の一部には、
他の宗教者グループとスピリチュアルな哲学や概念について話し合い、
自分たちの見解とは相反するような考えを持った人たちでも、
非難したり揶揄したりしないという流れがあることを、私たちは喜んでいます。
以前は頑なに自分の考えを曲げようとはしなかった、
スピリチュアルなリーダーの心の中に、寛容の精神が忍び込んでいます。
ドグマや迷信の境界線が崩れ落ちて、
新しく、より広い視野が受け入れられるようになっています。


スピリチュアルな目覚めは、
もはや少数の人びとだけの関心事ではありません。
人類全体が動き出しており、内なる「神聖な不満」は非常な高みに達して、
もはや無視することは不可能です。
それはあらゆる場所において明白です。
新しいパラダイムを怖れ、抵抗している人びとですら、
天使・超常現象・死後の世界、幽体離脱などの情報に抗しがたい魅力を感じています。
哲学であれ、宗教であれ、信念体系であれ、
登場したばかりの時には、急進的で極端で、
世間をあっと言わせるようなものとして考えられますが、
やがて徐々に落ち着いてきて、
それが感じの良いものとして受け入れられ、当たり前のことになります。

ロナ・ハーマン「黄金の約束」



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2008.06.26 黙想の眼
いつからか科学と宗教は分離されてしまいました。

そのおかけで私達は、世界は乾いた平坦なものとしか見えなくなりました。

しかし、真実の世界は、慈愛に満ち、ホロン的な広がりを見せています。
それを認識するためには、霊性の開発が不可欠です。

そして、真実の世界が認知されていくためにも、
科学と宗教は統合されなければなりません。

霊性哲学の第一人者ケン・ウィルバーの主張です。




私たちが第一に見逃すことができないことは、
偉大な伝統の創始者はほぼ例外なく、
一連の深遠な霊的体験を経験していることである。
彼らの啓示、直接的神秘体験は紅海を割るとか、
豆の栽培法とかについての神話的宣言ではなく、
『神なるもの』(スピリット、空性、神性、絶対者)の直接的な理解であった。
その頂点における理解は、
個とスピリットの直接的合一ないし同一性に関わるものだった。
その合一とは知的な信念として頭でとらえるのではなく、
直接体験として生きられるべきものである。
それは、まごうことなき存在の「最高善」、
途方もない合一の中に没入している幸運この上ない魂に大いなる解放、
再生、改心、悟りをもたらす直接認識であり、
基盤、ゴール、源泉、世界全体の救いとしての合一である。
そうした霊性の先駆者が各々弟子たちに与えたのは、 
一連の神話的ないし教条的な信念ではなく、
「私のことを思い起こし、これをしなさい」という一連の実践、指示、手本であった。
「これをせよ」―指示―というのは、特定のタイプの黙想的祈り、
ヨーガについての広範な指示、特定の瞑想実践、実際の内面的例示である。
この神聖なる合一を知りたければ、これを行なわねばならない、ということである。
こうした指示によって、
弟子の中に進化の先駆者の霊的体験や霊的データが再現された。
その後の内面的実験の過程(数十年、時には数世紀を越える)で、
それらの指示やデータは頻繁に改良・洗練され、
初期的ないし予備的な手法やデータはより鋭敏な観察の下で精緻化された。
小乗仏教から大乗仏教への成長発展、
さらには大乗から壮麗な金剛乗への成長発展、
ハシディームとカバラによるユダヤ神秘主義の見事な成熟、
初期ヴェーダから並はずれたシャンカラ、
超える者なきラマナ・マハリシまでの偉大なヒンドゥーの開花、
プラトンからプロティノスまでの六世紀にわたる純化などは、
そうした多数の実例の一部である。
ところが、特定の霊的伝統がこうした実験的探究のプロセスを放棄した瞬間、
直接的証拠や経験、変容させる力を欠いた、
単なる教条や神話的宣言に硬直化し始めた。
そして、輝かしい霊的な光輝を放つ大いなる解放の中に、
自我を超越させるのではなく、不死をもくろむ孤立した自我を、
手を変え品を変え慰めるだけになった。
結論は明白だと思われる。
黙想の眼を捨て去れば、
宗教には理知の眼―宗教が近代哲学によって八つ裂きにされている領域―と、
肉の眼―宗教が近代科学によってさんざん笑いものにされている領域―、
しか残されていないのだ。
宗教に唯一固有のものが何かあるとすれば、それは黙想に他ならない。
このように、宗教特有の永続的で偉大な強みは、
それが核心において霊的経験の科学だということなのだ。


「科学と宗教の統合」




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戦後、日本のマスコミは、国民の世論操作を行い続けてきました。

マスコミは意図的に、ある情報を隠蔽したり誇張したりするものです。

近年は、その権威も低下し、人々はその情報を信用してはいません。

インターネットの普及により、真実が明かにされつつあるからです。

マスコミを通さずとも、
誰もが直接に情報を収集し、自分で情報を発信する事が出来るのです。

凄い時代になりました。

そのため、人々のテレビ離れが進みスポンサーがつかず、
ますます番組の質が低下するという悪循環に陥っています。

マスコミ界は、大きな転換期を迎えているのです。

左翼的傾向の強いマスコミですが、
今後は、宗教心を持つことと、
国民の発展繁栄、精神性の向上の為に尽すことが必要なのです。

マスコミ界もアセンションしなければいけません。




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2008.06.26 自分を愛する
自分を愛していない人は、他人も愛せません。

他人から、愛をもらえなくても、自分を愛することは出来ます。

「私は自分を愛しています」と宣言しましょう。

罪の意識や劣等感、自虐的な思いは、捨ててしまいましょう。

自分を苛めることは、神仏の存在をも否定する行為です。

ハートのセンターに愛を感じましょう。

すると、温かくなってきて、全ての否定的感情を溶かしてくれます。

愛に勝る力はありません。

宇宙は慈愛に満ちています。

大いなる愛によって満たされたハートチャクラが、

全てのものと、つながっていることを教えてくれます。

誰もが、神仏の子なのです。




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