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2008.07.03 教育の力
教育によって人間はつくられます。

お釈迦さまがインド中を歩いて次第説法し、人々を教え導いた結果、
阿羅漢の境地に到る弟子達が続出しました。

ヘレン・ケラーを救ったのはサリバン先生の教育の力でありました。

教育は、国家百年の計と言われるほど重要です。

戦後教育が間違いだったことは、
モラルの低下した現代の日本を見ればよくわかります。

最大の誤りは、知識を単なる物質レベルにまで貶めたこと、
学問の根本にあるべき神を否定したところにあります。

また、脳細胞は成人を過ぎると減る一方だとか、
遺伝子によって知能指数は決まる、というような誤った理論もまかりとおっていました。

努力の意味を教えなかったのです。

学問や知識の進歩に天井などなく、
大宇宙の神秘は、学んでも学び尽すことは不可能なのです。

そして、学ぶことは楽しいことであり、
知識や自分を表現することは、最大の武器になります。

教育者は、
どんな人間にも仏性が宿っていることを強く信じなければいけません。
また、夢や目標を持って精進すれば、必ず希望は実現するということを教えるべきです。

教育者の信念が、人間の持つ無限の可能性を引き出すのです。




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「無神論は、人類にとってあまりにも無意味で忌まわしいものである。」
といったのは、近代的な科学的世界観の構築に最も貢献した人物である、
アイザック・ニュートンでした。

しかし、現代では、科学的世界観が暴走した結果、
神の存在を否定するまでになってしまいました。

特に日本では、この無神論が知的であるかのごとくに誤解されています。

物質が偶然に結合して出来たという、神なき機械的宇宙観は、
何故か仏教者の好むところです。

しかし一流の科学者は知っています。

宗教者(僧侶)が神を否定し、科学者が神を認めるとは、何と皮肉なことでしょう。

ノエティックサイエンス研究所主任研究員のディーン・ラディン氏はこう言います。

主流派の科学者にも、経験から得た個人的な見解がある。
だが、それを公の場で語ることはない。
なぜならアカデミズムの世界では、
そうしたことは言ってはいけないことになっているからだ。
これほど強い夕ブーが1世紀以上続いている例は、
アカデミズムの世界でも珍しいだろう。
心理学や認知神経科学、基礎神経科学、物理学などの第一人者のなかに、
個人的には超常現象に関心を寄せている人が非常に多いことも、私は知っている。
彼らのなかには、実験によってかなりの成果を得ている人たちもいる。
その成果が発表されないのは、学界の体質がそれを禁じているからだ。
今日でさえタブーの掟は非常に強く、何人もそれについて話してはならないのだ。
夕ブーが公表されれば、それをきっかけにタブーは消滅する。
そうなれば主流派の科学者のなかに、
こうした研究に多大な関心を寄せている人がいかに多いかが分かるだろう。



タブーが消滅する日は近いのです。




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2008.07.03 自覚なき僧侶
愚僧は、たとえ同じ僧侶であっても、
無神論者、唯物論者を容認することは出来ません。

現代の僧侶の多くは、合理主義者を装っています。

おかけで、日本は極めて宗教に対して無知な民族となってしまいました。

僧侶が、きちんと霊的世界や神秘を説かないからです。

これは、仏教僧が世俗に阿った結果なのです。

戦後の公職追放令では、
有神論者である保守系知識人の20万人(!)が、要職を首になったということです。

一方、国家権力の中枢にはびこったのは、
コミンテルンの息のかかった無神論者の左翼知識人でありました。

それらが勝手に仏教を歪めた罪は重すぎます。

僧侶は自覚的なのか、無自覚なのか、どちらなのでしょうか?




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