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2008.07.16
打倒無霊魂仏教
いよいよニューエイジ僧は立ち上がらねばなりません。
権力を持っている団塊の世代以降の古い僧は、無神論・無霊魂主義者達です。
これは、仏教学会も同じです。
仏教界は閉鎖的で因習的な世界なので、異を唱えるとすぐに潰されます。
しかも、仏教界では、
霊魂・輪廻転生・カルマの法則はタブーに近く、これを主張すると某団体から睨まれます。
しかし、ニューエイジ僧は、権威やこけおどしには屈しません。
仏教が無霊魂のはずはないと誰もが気づきはじめています。
僧侶が、無霊魂を声高に叫ぶということは、
他のあらゆる宗教は霊魂を認めているため、
それらを否定しているのと同じことなのです。
そして、その姿勢は、科学的社会主義を掲げ、
宗教批判、霊魂批判を繰り広げる共産主義と同じなのです。
現在の日本の衰退は、僧侶にも責任があります。
人間にとって一番大切な宗教心や信仰心を説いてこなかったからです。
日本の仏教僧は、魔の手先なのですか?
神は、どちらの見方をされると思われますか?
せめて、国民の幸福の足を引っ張るのはやめなさい。
あらゆる権威が崩壊する時代です。
これからは、世間が許さないでしょう。
若き僧侶は、仏教界にニューエイジ革命を起こしましょう!
愚僧も日々精進します。
クリックして愚僧の活動に御協力ください。
権力を持っている団塊の世代以降の古い僧は、無神論・無霊魂主義者達です。
これは、仏教学会も同じです。
仏教界は閉鎖的で因習的な世界なので、異を唱えるとすぐに潰されます。
しかも、仏教界では、
霊魂・輪廻転生・カルマの法則はタブーに近く、これを主張すると某団体から睨まれます。
しかし、ニューエイジ僧は、権威やこけおどしには屈しません。
仏教が無霊魂のはずはないと誰もが気づきはじめています。
僧侶が、無霊魂を声高に叫ぶということは、
他のあらゆる宗教は霊魂を認めているため、
それらを否定しているのと同じことなのです。
そして、その姿勢は、科学的社会主義を掲げ、
宗教批判、霊魂批判を繰り広げる共産主義と同じなのです。
現在の日本の衰退は、僧侶にも責任があります。
人間にとって一番大切な宗教心や信仰心を説いてこなかったからです。
日本の仏教僧は、魔の手先なのですか?
神は、どちらの見方をされると思われますか?
せめて、国民の幸福の足を引っ張るのはやめなさい。
あらゆる権威が崩壊する時代です。
これからは、世間が許さないでしょう。
若き僧侶は、仏教界にニューエイジ革命を起こしましょう!
愚僧も日々精進します。



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2008.07.16
スピリチュアリズムの七綱領
19世紀のスピリチュアリズムの伝道者として、
「女パウロ」と称されたエマ・ブリテン氏は、
「スピリチュアリズムの七綱領」を作成しました。
これは、現在も、国際的なスピリチュアル団体によって公認されています。
尚、この綱領は、
社会改革家のロバート・オウエンの霊から受け取ったメッセージを、
エマが自動書記したものだそうです。
この思想が常識になれば、どれほど世界は素晴らしくなることでしょう。
一、神はあらゆるものの源である。
二、人類はみな同胞である。
三、人間の個性は死後も存続する。
四、この世とあの世とは交信可能であり、
人間は天使(守護霊)の指導を受ける。
五、各人にはそれぞれ果たすべき責務がある。
六、生きている間も死んでからも、行ったことには必ず報いがある。
七、人の魂は永遠に向上することが出来る。
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「女パウロ」と称されたエマ・ブリテン氏は、
「スピリチュアリズムの七綱領」を作成しました。
これは、現在も、国際的なスピリチュアル団体によって公認されています。
尚、この綱領は、
社会改革家のロバート・オウエンの霊から受け取ったメッセージを、
エマが自動書記したものだそうです。
この思想が常識になれば、どれほど世界は素晴らしくなることでしょう。
一、神はあらゆるものの源である。
二、人類はみな同胞である。
三、人間の個性は死後も存続する。
四、この世とあの世とは交信可能であり、
人間は天使(守護霊)の指導を受ける。
五、各人にはそれぞれ果たすべき責務がある。
六、生きている間も死んでからも、行ったことには必ず報いがある。
七、人の魂は永遠に向上することが出来る。



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2008.07.16
ルターの影響力
マルティン・ルターは、16世紀に活躍したドイツの神学者です。
ルターは、
神は、教会や聖職者の専売特許ではなく、
民衆一人一人のものであるとして憤然と教会権力に立ち向かい、
神への信仰を強く説いて、聖書をドイツ語に翻訳するなどしてその普及につとめました。
また、ルターは妻を娶り家庭を持ち、肉食をし、普通の職業生活をしても、
神への信仰さえあれば、天国に帰れることを自らの身を持って示したのです。
ルターの宗教改革により神は民衆のものになりました。
また、国家も法も、神のくだした命令として神聖なものとなったのです。
ルターのなした仕事によって、
人間の営みの上に、神が宿ることが確約され、
人々は世俗の営みに邁進することが出来ました。
このことは、
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」といわれるように、
文明の発展繁栄に大きく貢献しました。
キリストは、霊的な教えを説いて神の国と世俗を分けましたが、
宗教改革は、地上にも神の国を打ち立てるという霊界側の方向転換でありました。
その大きな役割を担ったルターは、七大天使長のミカエルの魂の兄弟であったのです。
日本でも、信仰を民衆のものにしようとする同じ流れが、
法然、親鸞、一遍、蓮如らによる浄土教の興隆としてありましたが、
彼らは皆、過去世において、キリストの使徒だったのです。
国家や民族を超越した霊天上界の壮大な計画には、驚かずにはおれません。
ちなみに、ルターは、
宗教改革時に、身のまわりで頻繁に不思議な騒音や物理現象がおこったため、
この現象を、霊が騒ぎ立てているのだろうと「ポルターガイスト」と命名したそうです。
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ルターは、
神は、教会や聖職者の専売特許ではなく、
民衆一人一人のものであるとして憤然と教会権力に立ち向かい、
神への信仰を強く説いて、聖書をドイツ語に翻訳するなどしてその普及につとめました。
また、ルターは妻を娶り家庭を持ち、肉食をし、普通の職業生活をしても、
神への信仰さえあれば、天国に帰れることを自らの身を持って示したのです。
ルターの宗教改革により神は民衆のものになりました。
また、国家も法も、神のくだした命令として神聖なものとなったのです。
ルターのなした仕事によって、
人間の営みの上に、神が宿ることが確約され、
人々は世俗の営みに邁進することが出来ました。
このことは、
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」といわれるように、
文明の発展繁栄に大きく貢献しました。
キリストは、霊的な教えを説いて神の国と世俗を分けましたが、
宗教改革は、地上にも神の国を打ち立てるという霊界側の方向転換でありました。
その大きな役割を担ったルターは、七大天使長のミカエルの魂の兄弟であったのです。
日本でも、信仰を民衆のものにしようとする同じ流れが、
法然、親鸞、一遍、蓮如らによる浄土教の興隆としてありましたが、
彼らは皆、過去世において、キリストの使徒だったのです。
国家や民族を超越した霊天上界の壮大な計画には、驚かずにはおれません。
ちなみに、ルターは、
宗教改革時に、身のまわりで頻繁に不思議な騒音や物理現象がおこったため、
この現象を、霊が騒ぎ立てているのだろうと「ポルターガイスト」と命名したそうです。



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2008.07.16
これからの僧侶
僧侶にスピリチュアルケア技能が求められはじめた。
いよいよ僧侶は、「魂」について語らなければならなくなってきている。
無に侵された僧侶は、途惑っていることだろう。
日本仏教の最大の過ちは、「瞑想の眼・霊的な眼」を捨て去ったところにある。
虚無からは、愛も行動原理も智慧も生まれない。
これからのキーワードは、無から有へ。
無と有は表裏一体にして、空。
もともと、仏教には「真空妙有」という言葉がある。
空は、無限の霊的なエネルギーを内包した状態を表している。
そして、最も大切な観点は、「法」そのものが「神」だということである。
「法」は「神理」とも言い換えることができる。
森羅万象は、
偶発的な粒子の結びつきではなく、
慈愛に満ちた「神の想い」によって成り立っているのである。
「縁起」は、そのような意味で理解されなければならない。
神なき時代は、終焉を迎えようとしている。
これからの僧侶は、無神論者では通用しないのである。
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いよいよ僧侶は、「魂」について語らなければならなくなってきている。
無に侵された僧侶は、途惑っていることだろう。
日本仏教の最大の過ちは、「瞑想の眼・霊的な眼」を捨て去ったところにある。
虚無からは、愛も行動原理も智慧も生まれない。
これからのキーワードは、無から有へ。
無と有は表裏一体にして、空。
もともと、仏教には「真空妙有」という言葉がある。
空は、無限の霊的なエネルギーを内包した状態を表している。
そして、最も大切な観点は、「法」そのものが「神」だということである。
「法」は「神理」とも言い換えることができる。
森羅万象は、
偶発的な粒子の結びつきではなく、
慈愛に満ちた「神の想い」によって成り立っているのである。
「縁起」は、そのような意味で理解されなければならない。
神なき時代は、終焉を迎えようとしている。
これからの僧侶は、無神論者では通用しないのである。



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