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明治政府の廃仏政策が、日本仏教に与えた影響は絶大です。
これにより、仏教は骨抜きにされた、と言ってもいいのかもしれません。


明治初期に仏教が迫害されたのは、
仏教が老衰状態の幕府と結託した「旧弊」であるとみなされていたためである。
明治政府はそれ以前の政治体制との訣別を企てる中で、
仏教の組織や儀礼・信条を危険な「他者」分子とみなし、編成替えを行ったのである。
梓巫女・市子・憑祈祷・狐下げなどの玉占口寄せと盂蘭盆は明治初期には個別的、
あるいは一括して科料そして、
あるいは刑罰の対象となるという脅迫のもとに禁止された。
修験道に加えて、もっと急進的で政治的に監視されていた不受不施派も禁止された。
それは、「愚民」を非生産的な散財行為から引き離し、
その関心を「よい習慣」、「労働」、
そして最終的には「文明」へと向けさせる企みであった。
つまり、禁令は「迷信」や「無駄遣い」、
「秩序の混乱」を断ち切るのに妥当なものと考えられたのである。
仏教は中央政府によって退行的で非能率的、
退廃した慣行の要塞と見なされていたが、
それだけが迷信排除計画の対象ではなかったことはあきらかである。


ジェームス・ケテラー「廃仏毀釈と近代仏教」



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