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クリスマスといえば、
「聖なるもの」、「神」、「崇高なるもの」、
「美」、「喜び」、「愛」、「永遠」、「恩寵」という概念が思い浮かびます。

こういったものが、無神論大国日本でも、この日だけは尊ばれるようです。

「信仰」を、奇異なもの、異常なものとして見る風潮が、わが国にはあります。

オウム事件以降、狂信を恐れて、
正しい信仰まで拒絶し、宗教に対して警戒心を持っています。

しかし、信仰なしに、人間は生きてはいけません。

歴史上においても、これほど信仰が虐げられたことはありません。

「信仰は不合理である」という時代はもう終わったのです。

偶然に宇宙の天体の運行や生命の発現・進化が起こったという理論は、すでに破綻しています。

「何らかの意図をもって宇宙のすべてはデザインされている」、
「設計者の存在を想定せねば、巧妙に仕組まれた宇宙の在り方は説明できない」、
ということは、多くの科学者が近年、主張しているところです。

宇宙の創造主は、特定の宗教のためだけに存在するわけではありません。

信仰とは、この世には人間や機械よりはるかに偉大な力が働いていることを認めることです。

信仰によって、人間の魂と崇高なる存在が結びつけられます。

信仰は、希望や心の平安をもたらし、奇跡を起こし得る力を解き放つのです。

信仰と対極にあるのは、疑い、恐怖、不安、心配、傲慢です。

信仰は、生きる力そのものなのです。

今こそ、再び、信仰を取り戻そうではありませんか。




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お釈迦さまが霊鷲山に滞在中、
霊天上界から、ヴェッサヴァナ(毘沙門)天がやってきて、
ヤッカ(霊人)のなかには、悪意をもって仏弟子や信者たちに害を及ぼすものがいるので、
彼らの安全のために、「アーターナーターの護経」を保持させるように要請しています。
それを受けて、お釈迦さまは、弟子たちにこの護経を勧めました。

原始仏典には、このような霊との対話がいたるところに出てくるのです。




『明らかな眼をもち、光輝にあふれたヴィパッシ仏に帰命する。
すべての生き物を憐愍するシキ仏にも帰命する。
煩悩を洗い流した苦行者であるヴェッサブ仏に帰命する。
魔の軍隊を打ち破ったカクサンダ仏に帰命する。
完成者でありバラモンであるコーナーガマナ仏に帰命する。
すべてのものから解脱したカッサパ仏に帰命する。

すべての苦を除く、この教えを説いたサキャの子であり、
光輝にあふれたアンギーラサ(ブッダ)に帰命する。

世間において寂滅に達し、あるがままに眺め、
中傷せず、恐怖を離れた、それら偉大な人たちは、
明知と実践とをそなえ、恐怖を離れて、
天と人とを利益した、偉大なゴータマ仏に帰敬する。

母神の子であり、大きな輪を有す太陽が昇るところ、
それが昇るとき、夜は消滅する。
太陽が昇ったとき、昼と称され、
そのところにある湖は深く、水の流れ込む海は深い。
このようにそこにおいて、それを「水の流れ込む海」と人々は知り、
これから「この方角が東である」と人はいう。
この方角を守護する、名誉ある大王は、
ダタラッタという名前の、音楽神たちの統治者である。

その場所から亡者と、中傷する者と、陰口をいう者と、
凶暴な殺生者と盗賊と詐欺者とを連れ出せといわれるところ、
これから「この方角は南である」と人はいう。
この方角を守護する、名誉ある大王は、
ヴィルーラという名前の、妖精たちの統治者である。

母神の子であり、大きな輪を有す太陽が沈むところ、
それが沈むとき、昼は消滅する。
太陽が沈んだとき、夜と称され、
そのところにある湖は深く、水の流れ込む海は深い。
このようにそこにおいて、「水の流れ込む海」と人々は知り、
これから「この方角が西である」と人はいう。
この方角を守護する、名誉ある大王は、
ヴィルーパッカという名前の、竜神たちの統治者である。

楽しいウッタラクル洲、そこに美しいシネール山がそびえ、
人々はわたしのものという執着をもたず、愛執をもたずに暮らす。
これより「この方角が北である」と人はいう。
この方角を守護する、名誉ある大王は、
クヴェーラという名前の、霊人たちの統治者である。

かれらもまた、太陽の種族であるブッダを見て、
偉大にして、恐怖を離れたブッダに帰命する。
人中の貴人よ、あなたに帰命する。
人中の最上の人よ、あなたに帰命する。
あなたは巧みに大衆を観察する。
人ならぬ者も、あなたに礼拝する。
わたしたちはつねに聞いている、「あなたたちは勝利者ゴータマに礼拝するか」と。
それゆえ、わたしたちはいおう、
「わたしたちは勝利者ゴータマに礼拝する。
明知と実践とをそなえた覚者ゴータマに礼拝する」、と。』

「比丘たちよ、このアーターナーターの護経を学びなさい。
比丘たちよ、アーターナーターの護経に習熟しなさい。
比丘たちよ、アーターナーターの護経を記憶しなさい。
アーターナーターの護経は、
比丘と比丘尼と男の在家信者と女の在家信者を保護し、
守護し、害をなくし、平穏に暮らすために役にたつでしょう。」

世尊はこのように説かれた。
それら比丘たちは歓喜して世尊の教説を信受した。

パーリ原始仏典長部第32経「アーターナーティヤ経」




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2008.12.25 愛は無限
愛には最も偉大な力があります。

愛は神とも並び称され、
あらゆる経典のなかでも、愛は最高の地位を与えられています。

真実の愛は、見返りを求めない愛であり、無償の愛です。

わたしたちは、他の役に立つことで、自らを救うのです。

与えれば与えるほど、多くの愛を得ることが出来るというのが、宇宙の法則です。

与えることは誰にでも出来ます。

愛は、与えても、減るということはないのです。

愛される秘訣は、与えることにあります。

そうして、愛は増え続けるのです。




十分な愛で克服できぬ困難はない。

十分な愛で癒やせぬ病はない。

十分な愛で開かぬ扉はない。

十分な愛で橋渡しできぬ隔たりはない。

十分な愛で倒せぬ壁はない。

十分な愛で償えぬ罪はない。

どんなに問題が根深かろうが、
どんなに展望が絶望的だろうが、
どんなに状況が複雑だろうが、
どんなに間違いが大きかろうが、大差はない。

十分な愛があればすべて解消する。

十分に愛することさえできれば、
あなたは世界一幸せで、力強い存在になれる。


エメット・フォックス「山上の垂訓」




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