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タオイズムは、我々日本人にとって、近くて遠い中国大陸の偉大な思想です。

共産主義政権下において抑圧されている人々の熱い宗教心は、
マグマのようにくすぶっているのです。




中国の伝統的な道教は、宗教であると同時に、忘我の技法でもある。
伝統としての道教は、儒教とも共通点を有しており、
両者は中国の古代宗教の遺産を分けあっている。
ただし、初期の儒教が祖先崇拝を旨とし、
神秘的な関心がみられない社会倫理を推奨していたのに対し、
道教は原初的な自然崇拝や多神教的なアニミズム、
天に対する至高の祈りなどを思弁的な基盤としていた。
道教の伝説的な開祖である老子は、孔子より少し前に登場したにもかかわらず、
一説に、孔子がなおも若かった時分に、すでにかなり老成していたとみなされていたという。
これら2つの宗教、より正鵠を期していえば、 2つの教義的な道がどうであれ、
人々は儒教的な倫理と同時に、
陰陽の理論が主役をなす道教的呪術とでもいうべきものを実践している。
伝統的に老子の著とされる道教の聖典『道徳経』は、前6世紀に編まれている。
それは「徳の道」を説いた書である。
さらに、李昌齢の『大上感応篇』や、とくに荘子ないし列子らによって、
紀元前に編まれた論考は、道教の純理を定めるのにあずかって力があった。
タオ(道)は創造的なダイナミズムや、
創造的であると同時に破壊的でもある進化をも意味する。
さらにそれは、絶対なるものを具現しようとする人間の進むべき「道」であるが、
原初の無のなかに胚芽状態で存続し、
やがて動きだす進化と退化の力が怒濤のように押しよせる「道」でもある。
人間はこうしたタオと闘うには無力であり、ひたすら服従するほかはない。
これが道教の善を解く鍵である。
空しい努力や身の丈を超えた欲望をすべて退け、
多くを求めることなく自然と協和しなければならない。
仏教や儒教の影響、というよりもむしろそれらとの共通点は、まさにここに明確にみてとれる。
だが、時がたつにつれて、道教は、仏教や儒教に見すてられた、
民間呪術や錬金術といった古い伝統文化をとりこむようになる。
北方から来たシャーマニズムもまた、道教的神秘主義の忘我の技法に足跡を刻んだ。

道教のその歴史は、儒教や大乗仏教の歴史と密接に結びついている。
紀元1・2世紀頃、道教は個人的な段階から宗教的な次元へと移行している。
当時、道教の思想家である張道陵が修行所を数箇所に設け、
その弟子たちが多くの道観を建てている。
そして184年、張角が創設した宗教結社の太平道が反乱する。
漢滅亡後、歴代皇帝と道教との関係はきわめて密接なものとなった。
事実、440年、道教は国家宗教に昇格している。
666年には、老子は、孔子やブッダより上位に置かれるようになり、
その1世紀後には、老子の学統を直接受けついだ者たち、
たとえば壮子や列子、関尹子、文子らは、諡号を送られている。
だが、やがて運動にかげりがさし、道教は儒教に道をゆずるようになる。
しかしながら、秘密結社の大部分は、
過去と現在とを問わず、なおも道教の教義を一部標榜している。
そこにはさらに儒教や仏教、さらにキリスト教すらもが影響をおよぼしているが、
17世紀以降のこれら秘密結社の基本的な目的のひとつは、
そのメンバーたちによれば、皇帝が天命を不可欠としなかった清王朝の転覆にあった。


エルヴェ・マソン「世界秘儀秘教辞典」




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