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アメリカでは、ダーウィンの進化論を信じる人は、4割に満たないようです。

代わって台頭してきたのが、インテリジェント・デザインという科学理論。

この「ID理論」も、ついに日本上陸です。




進化論が追い詰められた状態にあることは明らかだ。
そして、事態は時間の経過とともに深刻化している。
ここまで追い詰められてしまった原因は、
何よりも進化論が科学的仮説としてあまりにも穴が多いこと、
科学であるにもかかわらずデータではなく推論をもとに構築されていること、
さらには唯一のデータとなるべき化石標本も完全ではないことに尽きる。

ID理論と進化論の対決が、全米各地で法廷までもちこまれ、
大統領選における大きな争点になったこともあって、
科学的だった問題に政治色が加味された。
進化論が解決しなければならないのは、
科学的正当性や政治的色合いを帯びた問題だけではない。
進化論にとってもっともとらえどころのない、そして最大の敵は、モラルの問題かもしれない。
進化論は純然たる科学であり、モラルや文化、そして社会的規範とは無関係であり、
何の影響も与えないといいきるだろう。
ところが、実際はそうではないのだ。
進化論が科学であり、それ以外の何物でもないというならば、
150年前に『種の起源』の初版が出版されたとき、
「ダーウィンのブルドッグ」との異名をもつ動物学者トーマス・ハクスレーと、
サミュエル・ウィルバーフォース大主教が、
イギリス学術協会で大喧嘩を繰り広げることはなかったはずだ。

進化論は、人類でさえ偶然の結果進化した種にすぎず、
地球に生息するほかの種と比べてなんら優位性はないという事実を暗示する。
人間は哺乳類の一部にすぎず、命の価値もさほど変わりはない。
人間の命の重みが、ほかの哺乳動物と変わらないという考え方が、
まさに進化論とモラルのあいだに横たわる問題なのだ。

進化論が、生きる姿勢とモラルにも影響をもたらす事実をあえて指摘する人もいる。
社会ダーウィン主義という言葉がある。
ダーウィンの進化論に影響され、19世紀に生まれた社会理論で、
社会秩序は、
既存の生活条件に最適な人間の自然洵汰によって、生み出されるという考え方だ。
社会ダーウイン主義では、
人間の行動すべてが自然洵汰のさいに有利な立場にあるための伏線であるとされるのだ。
互恵関係的な愛他主義を説明することはできるが、
無償の愛情から生じた行為は枠組みから出てしまうため、定義も解釈も不可能となる。

進化論の不備な点は、以下のような言葉で語られている。
「偶然を大きな要素としてとらえるダーウィン進化論は、
科学的データをもとにした理論モデルで説明しようとすると矛盾が起き、
みずからの理論で身動きがとれなくなってしまうようなところがある。
こうした状況を打破するためには、
偶然を知的存在の介在と定義せざるをえないのだ。」

2008年5月29日発行の「ネイチャー」誌に、
マテルピスキス・アッテンボローイという古代魚の化石に関する記事が掲載された。
奇妙なのは、化石のなかに胎児とへその緒がみつかったことだ。
つまり、この魚は人間のように子宮のなかに子供を宿して育てていたらしい。
脊椎動物の胎児としては、最古の記録となる。
ダーウィン進化論においては、もっとも有利な形質が胎生であるとされている。
いうまでもないが、人間も胎生動物だ。
マテルピスキス・アッテンボローイの化石の発見により、
ごく低いが、人間の祖先が、
胎生古代魚である可能性も視野に入れなければならなくなったのかもしれない。
人間の机上の争いをよそに、自然は次々と疑問を投げかけてくる。


宇佐和通「インテリジェント・デザイン ID理論」




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