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2009.09.05 どうなる日本
真の保守は連帯せよ。










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日本の教育が危ない。






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2009.09.05 神秘は死なず
時代はオカルト。
オカルト(神秘)は死なず。
オカルトに勝負を挑んだ共産主義は敗北した。
鳩山夫妻もオカルト。
愚僧もオカルト。
宗教は皆オカルト。
もちろん仏教もオカルト。
そして、唯物論もオカルトであった。




共産主義のバックグラウンドにある認識論は唯物論である。
唯物論は、
電子や陽子のような素粒子からなる物質世界だけが唯一のリアルな世界であって、
それは人間が認識しようがしまいが実在すると考える。
だから、シャーマンが霊的な身体によって霊的な世界に飛翔するなどというのは、
たんなる幻覚にすぎない、ということになる。
しかし、この唯物論もまたひとつの形而上的な立場の表明にすぎない。

われわれは、空間中を移動した電子について、間接的な観測結果から、
電子がある軌跡を辿ったと推測することはできるが、
その背後に電子という粒子的な実体が存在するということ自体は確かめることはできない。
つまり、電子という実体の存在は、
オンゴットという精霊の存在と同じぐらい実証不可能な概念なのだ。
しかし、素粒子という実体が「実在」しようがしまいが、
観測結果だけを組み合わせることで物理学は確率論的に構成できるから、
ふつう、物理学者はこうした問題には頭を悩ませない。

ロシアで人類史上初めての社会主義革命が起ころうとしていた20世紀の初頭は、
また物理学の革命が起ころうとしていた時代でもあった。
二人の物理学者A・A・マイケルソンとE・W・モーリーによって示された光速度の不変性は、
当時の物理学者たちを困惑させた。
どんな速度で移動している座標系から測定しても、
光の速度はいつも秒速30万キロで、遅くも速くもならない。
光の速度にどんな速度を足しても引いても、光速度は光速度のままで変わることがないし、
光の波を追い越すことは絶対にできない。
それまでの古典力学が依拠していたのはガリレオ・ガリレイの相対性原理と、 
ニュートンの絶対時空の枠組みだったが、
それらの原理と光速度不変という実験結果は共存しえない。
この3つのうち、どれかひとつを捨てる必要があった。
アインシュタインは絶対時空の枠組みを捨てることを決意し、
そこから新しい物理学、相対性理論をつくりあげた。

アインシュタインの決断の背後には、オーストリアの物理学者E・マッハの、
物と心の関係についての新しい見解が存在していた。
素朴実在論的な認識論では、まず「物質」があって、
それをわれわれは「感覚」を通じて認識する、と考える。
しかし、マッハは、この考えを逆転させた。
まず「感覚」という要素があって、それを説明するために、
われわれはその背後に「物質」という記号をつくりだすのではないか。
それならば、同じように、宇宙を方眼紙のように覆っている「空間」や、
その背後を、一定不変の速度で流れ続けている「時間」なども、
先験的に存在するものではなく、
観測事実を説明するために事後的につくりだされた記号にすぎないのではないのか、
とアインシュタインは考えたのである。

このマッハのアイデイアは、当時のロシアの進歩的知識人たちにも大きな影響を与えた。
医学者であり革命家でもあったA・A・ボグダーノフは、
物心二元論を超える認識論、「経験一元論」を提唱する。
これは、感覚ないし経験という一つの確実な足場から、
精神と物質という両方の方向にひとしく視野を向けていこうとする、
新しいタイプの一元論だった。
また、ロシアに生まれ、ドイツに移住してアインシュタインに数学を教えた数学者、
H・ミンコフスキーは、その後、相対性理論を記述するための、
四次元時空連続体の幾何学をつくりあげる。
その新しい幾何学の中では、時間は空間に対立するものではなく、
空間の第四の次元にすぎないとされる。
そうすれば、そもそも時間というものは流れるような性質のものではなくなる。
この新見解に心酔したモスクワ生まれの思想家P・D・ウスペンスキーは、
空間の第四の次元というアイディアに、
ウパニシャッドの第四の意識状態というアイディアを重ね合わせて、
意識が「第四形態」をとるとき、時間は空間化し、
われわれが時間と呼ぶようなものは存在しなくなるだろうという、
独的の神秘思想をつくりあげた。
その状態では、自己は自己であり非自己ではない、という論理は成立せず、
自己は自己でありかつ非自己でもある、つまり自己はすべてである、という、
宇宙意識の状態が経験される。
ウスペンスキーはこの考えを、アリストテレス、
ベーコンに続く『テルティウム・オルガヌム(第三の器官)』として発表した。
1912年のことである。
いっぽう、そのころスイスに亡命していたレーニンは、
『唯物論と経験批判論』という本を書き、 
マッハやボグダーノフの経験一元論を、誤った観念論であるとして批判し、
ウスペンスキーの意識の形態論も、危険な神秘思想として退けられた。
その後レーニンはロシアに戻って革命を成功させ、
ウスベンスキーはイギリスヘの亡命を余儀なくされることになる。

それから80年が経ち、ソ連型の共産主義は、実際的な政治技法としては失敗した。
人間の欲望のメカニズムは、共産主義思想が想定したようなものではなかった。
ソ連が崩壊していくのと並行して、
周囲の東欧やモンゴルでも民主化の大きなうねりが起こった。
モンゴルでは、1990年に人民革命党の一党独裁が終わり、
国立中央図書館の前に立っていたスターリン像は撤去された。
そして1997年には、スターリン時代にソ連に持ち去られたまま行方不明になっていた、
モンゴル仏教総本山ガンダン寺の大観音像が再建された。

現在のモンゴルでは、シャーマニズムとブッディズムとコミュニズムとキャピタリズム、
という四つのイデオロギーが交錯している。
そんななかで、街を捨てて遊牧生活に戻っていく人たちも少なくない。
モンゴルよりさらに北の、ロシアのサハでは、
昔ながらの狩猟がふたたび盛んになりつつあるという。

モルガンの理論を受け継いだエンゲルスの社会進化論によれば、
狩猟採集経済はもっとも原始的な社会の形態で、
共産主義社会はもっとも進んだ形態のはずだった。
呪術やシャーマニズムは宗教に取って代わられ、
宗教は唯物論的な科学思想に取って代わられるはずだった。
21世紀の地球上では、そういう理論とは逆方向の変化が起こっているようにみえる。

蛭川立「彼岸の時間」




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