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お釈迦さまは真理を把握し、
霊の眼で、過去・現在・未来の三世を見通しました。

そこに、因果応報のカルマの大原則、輪廻の法則を見出され、適切に人々を導かれたのです。

仏教は、運命決定論や偶然論を説きません。

人生は、あくまでも自己の責任において切り開いていくものなのです。




世尊の智慧はすばらしい。
世尊は相手の機根に応じてお答えになる。
功徳にあふれていても、ある者は低く生まれ、
功徳が少なくても、ある者は高く生まれる。
この子は、死体置き場に捨てられ、親指を吸う湿り気だけで夜を過ごし、
夜叉も蛇も、前世で善業をおこなったこの子を苦しめなかった。
しかも、野犬がこの子の手足を舐め、
カラスや狐がこの子のまわりをウロウロし、
鳥の群は誕生時の汚れを啄んで取り除き、
カラスは目のまわりの汚れを取った。
誰もこの子を守らず、薬もなく、芥子で燻す消毒もせず、
誰もこの子の誕生時の星占いの記録も取らず、
穀物を均等に撤き敷くおまじないもしなかった。
このようにまったくみじめな状況で産み落とされ、
夜中に死体置き場に捨てられ、
新鮮なバターの回まりかけのようにプルンプルンし、
それで命が残っていることさえ信じがたい。
人間や天人たちに敬われる方である世尊がこの子をごらんになり、
ごらんになるやいなや、この上ないお方である世尊は宣言なさった。
「この子は富にあふれ、この町で最も位の高い家系の一員になります」と。
何がこの子を守ったのか? 
どんな梵行を過去世でおこなったのか?
どんな善業によって、こんなに困窮な状態に生まれ、
しかも、このような富にあふれるカルマを享受することになったのか?
彼の前世で、人びとが仏を上首とする比丘サンガに最高の敬意を払っていたとき、
彼は心が乱れて悪態をついた。
のちに、その悪心を払いのけ、サンガに対して喜びと敬意をもったとき、
彼は祇園精舎におられた如来に、七日間、朝粥のお布施でお仕えした。
これが彼の守り。
彼の梵行・善業がこのように結果した。
つまり、こんなに困窮な状態に生まれ、このようなよいカルマを享受する。
彼は望むものすべてを享受して今生で百年生き、
死後には、神々の王・帝釈天の仲間に生まれる。

パーリ原始仏典小部「餓鬼事経」




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