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近代に入って、西洋学問の影響を受けた仏教学者達は、
それぞれの思想的バックボーンをもとに仏教を解釈してきました。

カント認識論、マルクス唯物論、ハイデッガー実存主義、
ニーチェ虚無主義、スペンサー社会進化論、
フランスの退廃的ポストモダン思想と好みはさまざまです。

そのような文献学者の説くところの仏教は、
だいたいにおいて難解で、何ともいえず意味不明です。

そして、そのような学者の説く仏教を勉強しても、少しも心に喜びが生じてきません。

そして、その歪められた仏教には、
悲観的、虚無的要素が散りばめられていて、有害ですらあります。

反対に、直接、仏典を読むと、仏教は限りなくポジティブなのです。

仏典の内容をみても、どこにもネガティブな要素など見つかりません。

お釈迦さまの言動をみても、
死の寸前まで、慈悲心を持って衆生の為に法を説いておられ、
そこには悲愴な描写は全く見当たりません。

お経は、お釈迦さまの説法です。

お経の最後には、説法を聞いた弟子たちが感動し、
身震いするほどの喜びに満ち溢れている様子が描かれて終わっています。

お釈迦さまの教えを受けた者は、皆、感涙してお釈迦さまに帰依しています。

何故でしょうか?

お釈迦さまは、霊界の秘儀に精通した、神々の師と言われる存在であったからです。

お釈迦さまは、
意識が世界を創り出すことを教え、
この世とあの世を通して幸福になる方法を教え、
霊の眼で三世を見通し、永遠の生命のあり様を教え、
過去の転生で蓄積した内在する叡智を解き放つ方法を教え、
仏性を有した自己の力を信頼することを教え、
生きる意味や目的は、霊性の向上にあることを教えました。

その意味において、仏教は宗教であり、理論や哲学ではないのです。

霊的世界を無視して、この世的な視点でのみ見るから、混乱するのです。

仏教は、仏に成るための教えであり、悟りを開くための教えです。

仏教は実践して、体験してこそ、はじめて理解できるものなのです。




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