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波動力学を構築し、原子物理学の基礎をつくったシュレーディンガー博士は、
東洋哲学にも真理を見出し、
科学と宗教の一致を唱える「永遠の哲学」を支持しています。

博士は、生命についてこう語っています。




唯一の結論は、
私―最も広い意味での私、すなわち今までに「私」であると言い、
または「私」であると感じたあらゆる意識的な心―は、
とにかく「原子の運動」を自然法則に従って制御する人間である、ということだと思います。

上に述べた私の結論の意味内容を簡潔に表現しようとすることは、なかなか大胆なことです。
たとえば、キリスト教徒の中で「故に我は神の全能を具えたり」と言ったら、
神を冒瀆したといわれるばかりか、気が狂ったと思われます。
しかし、言葉の中に含まれるかかる響きをしばらく無視して、
はたして上に述べた結論は、生物学者が、
神と霊魂の不滅とを一挙に証明しようとして到達しうる結論に、
最も近いものではないかということを考えてみましょう。
このような洞察そのものは決して新しいものではありません。
私の知る限り最も古い記録は約2500年あるいはもっと以前にさかのぼります。
古代インド哲学の聖典ウパニシャッドのつくられた時代の初期から、
「人と天とは一致する」(アートマン=ブラフマン。
人間の自我は普遍的な全宇宙を包括する永遠性それ自体に等しい)という認識が、
インドの哲学思想において、
神を冒瀆するものどころか森羅万象の最も深い洞察の真髄であると考えられていました。
人間が言葉を使うようになって以来、
ヴェーダンタ哲学の学派に属するあらゆる人びとの精進は、
実にあらゆる思想の中で最も偉大なこの思想を心中に会得することにありました。
その後何世紀もの間に現われた神秘家たちが、
互いに独立に、しかも相互に完全に一致して、それぞれが、
自己の独自な生活体験を「私は神となった」との一句に要約できる言葉で表現しています。


「生命とは何か」




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