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クリスマスといえば、
「聖なるもの」、「神」、「崇高なるもの」、
「美」、「喜び」、「愛」、「永遠」、「恩寵」という概念が思い浮かびます。

こういったものが、無神論大国日本でも、この日だけは尊ばれるようです。

「信仰」を、奇異なもの、異常なものとして見る風潮が、わが国にはあります。

オウム事件以降、狂信を恐れて、
正しい信仰まで拒絶し、宗教に対して警戒心を持っています。

しかし、信仰なしに、人間は生きてはいけません。

歴史上においても、これほど信仰が虐げられたことはありません。

「信仰は不合理である」という時代はもう終わったのです。

偶然に宇宙の天体の運行や生命の発現・進化が起こったという理論は、すでに破綻しています。

「何らかの意図をもって宇宙のすべてはデザインされている」、
「設計者の存在を想定せねば、巧妙に仕組まれた宇宙の在り方は説明できない」、
ということは、多くの科学者が近年、主張しているところです。

宇宙の創造主は、特定の宗教のためだけに存在するわけではありません。

信仰とは、この世には人間や機械よりはるかに偉大な力が働いていることを認めることです。

信仰によって、人間の魂と崇高なる存在が結びつけられます。

信仰は、希望や心の平安をもたらし、奇跡を起こし得る力を解き放つのです。

信仰と対極にあるのは、疑い、恐怖、不安、心配、傲慢です。

信仰は、生きる力そのものなのです。

今こそ、再び、信仰を取り戻そうではありませんか。




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