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仏教と仏教学は違います。

あくまでも、仏教は宗教であって、その要は、実践にあります。

近代に入って、この実践論が全く唱えられなくなりました。

大乗仏教の精神を復活させなければなりません。




仏教の二大使命をあげますれば、
一、解脱の要求、
二、よりよき世界の建設を全うする、
ということであります。

大乗仏教の真精神は解脱に安住しながら、
しかも現実社会を浄化し向上せしめるところにあります。

大乗の立場は、上求菩提下化衆生の誓願あり、皆共成仏道を理想としたので、
ここに社会全体を挙げてこれを理想王国にするという結論になったのは、
すなわち大乗には必ず浄土思想がある所以であります。

私たちが業による運命に引きづられて、生死に流転するのは苦痛であるけれども、
自ら志願して浄土建設のために輪廻することとなれば、
それは苦痛ではなく、むしろ希望であります。
輝かしい自発的活動であります。
解脱的作用であります。
我らも無窮の輪廻をたどって、弥勒の浄土の出現を促すのだ、
弥勒浄土に何物かを寄与するのだとしたならば、
生死すること自身はすでに菩薩道の活用でありまして、
これを願生輪廻ともいい、または不住涅槃と名づけるのであります。
もし、この間に幸い極楽浄土へ行き得るならば、そこを見学してこの世界に帰って来て、
それを模範にして弥勒の浄土を建設して行く。
しかも人々と共に喜び励んで進んで行く。
解脱ということは、要するに他から強いられないで自己の自由意志でやることに他なぬから、
その意味からすれば生死はすなわち解脱であり涅槃であります。
かくして、我ら仏教徒が、この心をもって進んでいったら、
ここにすなわち仏教の二つの課題が完全に統一されて、
ここに無限進展の意味が開けてこようと思います。

私共自身がすべて弥勒である理想を抱き、
精神的にも、物質的にも、政治的にも、宗教的にも、
すべて統一的大原理の下にすべてを統合した立場から、
この世を遂に一大浄土にするというところにあるのであります。

(東京帝国大学印度哲学教授木村泰賢博士)




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