FC2ブログ
凄いことです。
現代にはまれなることが、起きているのです。




アーラーラ・カーラーマやウッダカ・ラーマプッタのところで、
禅定の修行に入っています。だいたい三ヵ月もたたないうちに、
師匠の禅定のレベルに達してしまったのです。
「私と一緒にやらないか。私の跡を継がないか」と言うのですが、
釈尊は両方とも断って、そこを出ています。
これ以上学べないところで一生を過ごしては、自分の修行が進まないので、
釈尊は、「あなたが達した境地を他の人に教えるだけの単純再生産で、
一生を終わりたくない。もっと高い境地を求めたい」と、この二つの誘いを袖にしました。

その後、釈尊は山野を放浪し、肉体的苦行では救われない、
あるいは悟れないということが、はっきりわかりました。
肉体修行というのは、この世に出てくること自体を否定することに通じる修行だからです。
そして、「真の悟りとは、実は智慧を得ることなのだ」ということを知ったのです。

そして、これが中道の始まりだったのです。
王宮のなかの楽な生活では、智慧は得られません。
しかし、肉体を苦しめ、肋骨だけになって、粟粒一つで生活するようなことをしても、
智慧は得られません。
それこそ、肉体のことしか頭になくなってくるのです。
肉体の生存だけが気にかかるようになってきて、
妄想は得られますが、智慧は得られません。

きちんと村の在家信者のところへ行って托鉢をしながら、彼らに説法をして、
生きる道を説き、彼らの悩みに答える修行をして、帰っていきました。
そのあとは、自分なりに坐禅、瞑想をして修行を深め、
その日一日のことを考えていました。
「聖黙」といって、言葉を語らずに、静かに黙って考えごとをしていると、
智慧というものが湧いてくるのです。
あまりしゃべりすぎると智慧が出てきません。静かな時間をとらなければ駄目です。

そして、夕方頃から集まってきて、「法談」をするのです。
集まって、法座をつくり、きょう一日の出来事や、自分の考えたこと、
あるいは悟りについて、いろいろと話をします。
そのあと、夜寝るまでのあいだは、再び禅定に入って、
静かに一日をふり返るという、きわめてバランスのとれた修行生活をしていたわけです。

仏陀自身は、個人として奇蹟を起こして、
たとえば「病気を治した」というようなことをした形跡がほとんどない人なのです。
そうしたことは、最初の頃には少しやっているのですが、
そのあとは、やめています。
それは、智慧を妨げることになるということだったのです。
そのため、そういう仙人的なことは、あまりしていません。

そして、仏陀が直接救ってくれないとなると、
次は弟子に救いを求めるようになってくるのです。
ですから、弟子が悪霊祓いのようなことを頼まれ、
度が過ぎて仏陀から叱られたこともあるし、
あるいは弟子が神通力を見せてしまって、「そういうものを誇示するのはやめなさい」
と仏陀から言われたりするようなこともあったのです。
ですから、弟子たちは、「神通力ではなくて、中身で勝負しなさい」
と仏陀から言われていたわけです。
しかし、一般の人の心のなかには、神通力を求める傾向があります。

また、仏陀があまり奇蹟を起こさなかったといっても、
パータリプトラ等の町で疫病が流行った時などには、
実際、密教の呪術にも似たようなものを使って疫病を鎮めています。
仏陀が、人々や弟子たちに呪文を教え、聖化した水を街角に撒きながら、
呪文を唱えて、今でいうとペストに似たような疫病を、
現実に鎮静化したりもしています。
仏陀はそういう力を持っていた方なのです。






クリックして愚僧の活動に御協力ください。
スポンサーサイト



Secret

TrackBackURL
→http://souryonotakurami.blog46.fc2.com/tb.php/116-e936532c