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究極の自己実現とは、愛に生きることです。

何故なら、私たちは愛を学ぶために生まれてきたのですから。

そして、愛があれば必ず希望は実現します。

これは、普遍の法則なのです。




神は愛であり、愛の実現のために、この世界を創造したのである。
祈りは「愛」に伴われなかったならば、
神の目的と調和しないから、その祈りは成就しないのである。
愛のために創造されたる宇宙であるから、愛に反する一切のものは、
一時は栄えるように見えても、それは神の創造目的に反抗するのだから、
結局は破滅してしまうほかはないのである。
「誰かのためになる」という条件を満足しないような希望は、
ただの好奇心や利己心の満足を期待するものであるから、
神の協力をかち得ることはできないのである。
まず自分の能力のうち、誰かを悦ばす能力があるかを顧みよ。
それは文章にせよ、音楽にせよ、舞踊にせよ、
法律にせよ、発明にせよ、炊事にせよ、
何でも他のためになり、かつ自分に出来ると思うことで、
生活を立てることが出来るように祈れば、
そして努力を継続すれば希望が成就するのである。

一旦、心に描いて、それを実現しようと念願した希望又は理想は、
それがまだ実現の曙光が見えないからとて、途中で放棄してはならないのである。
それは眼に見えない世界に於いて、その「実現」が進行中なのである。
希望の実現には「愛」「努力」「祈り」、そのほかに「明るさ」が必要なのである。
常に不平を言ったり、不遇を呟いたり、
陰気にふさぎ込んでしまったりする習慣があるならば、直ちにそれを止めなければならない。
不平の代りに感謝を、呟きの代りに讃歎を、
陰気の代りに希望に満ちた明るさを、
心に常に把持するようにしなければならない。
人の悪口を話材にするゴシップの習慣も止めなければならない。
人を讃めれば自分も讃められ、そこから希望が実現する道がひらかれて来るのである。

「仕事」は表面は賃金のために働くような外観を呈しているが、
「仕事」の最も重要な内在的意味は、人は仕事を通して人類に「奉仕」し、
仕事を通して「愛」を実現し、
「仕事」を通して自己の「魂」を発達向上せしめるということである。
仕事がなければ、吾々は人類に奉仕することができず、
愛を実現することができず、
自己の魂を向上せしめることができないのである。

人類の幸福のために何事かを成そうという希望は、
それは、人類全体の潜在意識の協力を得ることが出来るし、
同時に神の波長と同調するから、神と協同動作をすることにもなるので、
そのような希望は、やがて必ず成就するのである。
その希望の中に利己的貪欲が入り込むならば、
その希望は不純となり、
必ずしも人類全体の潜在意識の協力が得られなくなり、
神の普遍の愛と同調しなくなり、その希望が達成し得られなくなるのである。
人間は何らかの仕事を成すことによって人類の兄弟に貢献し、
同時に自分の魂を磨く機会を与えられるのである。
これが地上に人間が降誕した使命である。
それを為す事によって、人は「存在の意義」(生き甲斐)を感じ、
自分の生命の力に自信を得るのである。

谷口雅春「希望を叶える365章」




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