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2009.03.14 愛の教え
愛の大家であるイエスさまの「山上の垂訓」の前には、頭を垂れるしかありません。

本当の愛とは、かくも厳しいものなのです。




心の貧しい人々は幸いである、天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は幸いである、その人たちは慰められる。
柔和な人々は幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。
義に飢え渇く人々は幸いである、その人たちは満たされる。
憐れみ深い人々は幸いである、その人たちは憐れみを受ける。
心の清い人たちは幸いである、その人たちは神を見る。
平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。
義のために迫害される人々は幸いである、天の国はその人たちのものである。
わたしのためにののしられ、迫害され、
身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。
喜びなさい。
大いに喜びなさい。
天には大きな報いがある。
あなたがたより前の予言者たちも、同じように迫害されたのである。

あなたがたも聞いているとおり、
「目には目を、歯には歯を」と命じられている。
しかしわたしは言っておく。
悪人に手向かってはならない。
誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。
あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。
誰かが、1ミリオン行くように強いるなら、いっしょに2ミリオン行きなさい。
求める者には与えなさい。
あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない。

あなたがたも聞いているとおり、
「隣人を愛し、敵を憎め」と命じられている。
しかしわたしは言っておく。
敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。
あなた方の天の父の子となるためである。
父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、
正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。
自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。
徴税人でも、同じことをしているではないか。
自分の兄弟にだけ挨拶したところで、どんな優れたことをしたことになろうか。
異邦人でさえ、同じことをしているではないか。
だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、
あなたがたも完全な者となりなさい。

また、祈るときには、偽善者たちのようであってはならない。
彼らは、人に見られたくて会堂や通りの四つ角に立って祈るのが好きなのだ。
まことに、あなたがたに告ぐ。
彼らはすでに自分の報いを受け取っているのだ。
あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋にはいりなさい。
そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。
そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださる。
また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただくり返してはならない。
彼らはことば数が多ければ聞かれると思っているのだ。
だから、彼らのまねをしてはならない。
あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ。
だから、こう祈りなさい。
「天におられるわたしたちの父よ。
御名があがめられますように。
御国が来ますように。
御心が行われますように。
天におけるように地の上にも。
わたしたちに必要な糧を今日与えてください。
わたしたちの負い目を許してください。
わたしたちも自分に負い目のある人を許しましたように。
わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください。」

もし人の過ちを許すなら、あなたがたの天の父もあなたがたの過ちをお許しになる。
しかし、もし人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの過ちをお赦しにならない。

だから、言っておく。
自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、
また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。
命は食べ物より大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。
空の鳥をよく見なさい。
種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。
だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。
あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。
あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、
寿命をわずかでも延ばすことができようか。
なぜ、衣服のことで思い悩むのか。
野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。
働きもせず、紡ぎもしない。
しかし、言っておく。
栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、
神はこのように装ってくださる。
まして、あなたがたはなおさらのことではないか。
信仰の薄い者たちよ。
だから、「何を食べようか」、「何を飲もうか」、「何を着ようか」と言って、思い悩むな。
それはみな、異邦人が切に求めているものだ。
あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。
何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。
そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。
だから、明日のことまで思い悩むな。
明日のことは明日自らが思い悩む。
その日の苦労は、その日だけで十分である。

人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。
あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤では量り与えられる。
あなたは兄弟の目にあるおがくずは見えるのに、
なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。
兄弟に向かって、「あなたの目のおがくずを取らせてください」と、どうして言えようか。
自分の目に丸太があるではないか。
偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。
そうすれば、はっきり見えるようになって、
兄弟の目からおがくずを取り除くことができる。
神聖なものを犬に与えてはならず、また真珠を豚に投げてはならない。
それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたにかみついてくるだろう。

求めなさい、そうすれば、与えられる。
探しなさい、そうすれば見つかる。
門をたたきなさい、そうすれば、開かれる。
だれでも、求める者は受け、探す者は見つかり、門をたたく者は開かれる。
あなたがたのだれが、パンをほしがる自分の子供に、石を与えるだろうか。
魚をほしがるのに、蛇を与えるだろうか。
このように、あなたがたは悪い者でありながらも、
自分の子供には良い物を与えることを知っている。
まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるに違いない。
だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。
これこそ律法と預言者である。

狭い門から入りなさい。
滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。
しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。
それを見いだす者は少ない。

偽預言者を警戒しなさい。
彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたの所に来るが、その内側は貪欲な狼である。
あなたがたはその実で彼らを見分ける。
茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れるだろうか。
すべて良い木には良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
良い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い木が良い実を結ぶこともできない。
良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。
このように、あなたがたはその実で彼らを見分ける。

わたしに向かって「主よ、主よ」というものが皆、天の国に入るわけではない。
わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。

かの日には、大勢の者がわたしに、
「主よ、主よ、わたしたちは御名によって預言し、御名によって悪霊を追い出し、
御名によって奇跡をいろいろ行ったではありませんか!」と言うであろう。
そのとき、わたしはきっぱりとこう言おう。
「あなたたちのことは全然知らない。不法を働く者ども、わたしから離れ去れ。」





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