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2009.03.16 愛の原点
現代の仏陀は、誤解されがちな「愛」についても多くを説かれています。

本物の愛の教えがここにあります。




愛の原点には、非常に謙虚な心があるということを知らねばなりません。
愛のなかに傲慢さはありません。
愛のなかには、
「他人にこうしてやるのだ。自分は偉いから、人を導いてやるのだ」というような気持ちは、
ほんとうはないのです。
愛のなかには、無私なる奉仕の気持ちがあります。
無償の奉仕の気持ち、「ただ尽くしたい」という気持ちがあるのです。
その思いが純粋であればあるほど、
動機が純粋であればあるほど、愛は美しいものとなっていきます。
結局、愛は、そもそも、美を求めるという過程をたどっていくのです。
愛とは、どれほど魂が美しく輝くかということです。
魂の美しい輝きこそ、愛の原点と言えるのです。

そうである以上、みなさんはまず出発点を誤ってはいけないのです。
「みずからの魂が、どうすればいちばん美しく輝くか」ということを考えねばなりません。
ダイヤモンドが美しく輝くのはなぜでしょうか。
あのような素晴らしいカットの仕方をしているからではないでしょうか。
ダイヤモンドが美しい光を放つといっても、
ざくろのように割れているダイヤモンドであっては、その光に影ができます。
ほんとうの美しさとは言えません。
均整の取れた面を持っているからこそ、
ダイヤモンドは美しいのではないでしょうか。
さすれば、魂が均整の取れた光を放つことが大事です。
それは、結局、仏の持っている属性のそれぞれを体現するような魂となることです。

仏は、愛であり、知であり、勇気であり、光であり、
叡智であり、義であり、また慈悲でもあります。
仏のそうした多くの側面が、ダイヤモンドのカットの面のように光り輝いているのです。
そうしたすべての面をそろえるべく、永久に進化していくこと、
永遠に進化していくことが、結局、魂の向上となっていくのです。
したがって、愛の原点は、いかに美しい魂の輝きをつくっていくかということであり、
美しい魂の輝きをつくっていくためには、
結局、仏の持っている属性を一つでも多く取り入れること、
発見すること、磨き出すことが必要ではないでしょうか。
そして、それぞれの属性が、調和の取れた美しさ、均衡の取れた美しさ、
見事にバランスの取れた美しさであることが大事ではないでしょうか。
ここに人間の目標があります。
ここに人生の目標があります。
それは、仏の性質をできるだけ多くみずからの内に引き入れることに努力し、
それらの諸要素を、バランスを取りながら見事に輝かしていくということです。
単純な満足をしてはいけません。
仏の一面だけを見て満足してはいけません。
仏にはさまざまな面があります。
そのすべてを学んでいきなさい。
すべてを学んでいくなかに、すべての調和を目指していきなさい。
そこに永遠の進化への道がありますし、
そこに愛の原点、愛への出発点があります。
なぜなら、愛とは、最高に輝くダイヤモンドのような、仏の存在そのものでもあるからです。




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