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2009.03.18 神と仏性
誰もが仏性を持つということは、人間は「神の子」ということです。

この事実を信ずることが、信仰です。




「神」は自己の魂の奥底に内在したまう「より高き自我」であり、「本当の自分」なのである。
肉体は自己の魂の被服として魂の外側に、
その現象的顕現の道具又は役者として外在する「より低き自我」である。
「より低き自我」なる肉体の自分は、
肉体的本能に引きずられ快楽を追求して盲目的に突進し、
ついに自他を破壊するような愚かなこともやりかねない。
「より低き自我」なる肉体の自分は、
「より高き自我」なる「本当の自分」なる神に導きを受けることによって、
その盲目状態から開眼せられ、正しき安全なる道を歩むことができるようになるのである。
「肉体の自我」は常に、「より高き自我」(神)に振向き、
その導きを受けるようにしなければならない。
神は常に肉体の自我を導きたく願っていられるのだけれども、
肉体の方が独走して神に振向かないのである。
どんな問題についても、神に振向きさえすれば、神は喜んで導き給うのである。

内在する「より高き自我」を仏教では「仏性」と言うのである。
「仏性」は単なる抽象的存在ではなく、我々に内在し、
常に私たちの行動をよりよき方向に導こうとして、
待ちかまえているところの生きた存在なのである。
私たちが仏性に対して振り向き、どんな方面のことにせよ、
よき導きを受けようと思うならば、常によき導きを与えたまうのである。
神は至大にして至小、極大にして極微であるから、
如何なる墳末な問題といえども、
真心をもって尋ねかければ、如何なる事柄でも答えたまわないことはないのである。
静かに眼を瞑じ、神の全智にして全能なることを念じ、
この「問題について神は最も善き導きを与え給う」と念ずれば、よいのである。


谷口雅春「希望を叶える365章」




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