FC2ブログ
時代は大きく変わろうとしています。

古い機械論的世界観、唯物論の崩壊とともに、
台頭してきたニューサイエンスは、あらゆる分野に影響を与え始めています。

これは、希望であり、とてつもない出来事なのです。




私たちは、私たちと世界が相互作用するにつれて、共進化する世界に住んでいる。
この世界は、絶えず変化し、固定することができない。
そして、私たちのあらゆる想像を超えた、とてつもなく興味深いものなのだ。

さまざまな分野の科学者たちは、
アイザック・ニュートンやルネ・デカルトなどの偉大な天才たちが、
17世紀に説いた機械論的世界観で、
世界がどう動くかを十分に説明できるのか、という問いを投げかけている。
この機械論的世界観は、
細部を研究することが全体を理解するカギであるという立場につながる。
ものごとは、文字どおりにしろ、比喩的にしろ、
解剖して(ビジネスの機能、学問分野、専門分野、人体のパーツをそうしてきたように)、
ばらばらに解体しても、大きな欠落なしにほぼ元に戻せる、
部分の働きを知れば知るほど、全体がよくわかる、という仮定だ。
ニュートン科学は、唯物論の立場でもある。
人の身体的感覚で感知できるものを重視して世界を理解しようとするのだ。
実在するものは、目に見え、明確な物質的形状を持つとされる。
物理学の歴史では、そして今もってそうだが、科学者たちは、物質の基本的な「構成要素」、
万物のもととなる物質的形状をこぞって探しつづけてきた。
ニューサイエンスとニュートン主義の決定的な違いの一つは、 
ニューサイエンスが部分よりもホーリズム(全体論)を重視していることだ。
システムは、システム全体として理解し、ネットワーク内の関係に注目する。
この視点でシステムを見ると、単純な原因と結果に分解できない、
あるいは、孤立した一要因として部分を研究しても説明できない、
つながりや現象のまったく新しい風景が現われてくる。

私たちは、量子力学の世界観に目を見開き、一般的な概念による世界観から抜け出す。
科学者にとってさえ、まぎれもなく突飛なものだ。
量子の世界では、関係が、すべての決定権を握っている。
原子より小さい粒子が形状として観察できるのは、何かほかのものと関係があるときだけだ。
独立した「もの」としては存在しない。
基本的な「構成要素」はないのだ。
量子物理学は、奇妙だが魅惑的な世界を描いており、
ハイゼンベルクによれば、世界は、
「事象の複雑な固まりとして現われ、そこでは、異なる種類のつながりが、
互い違いになり、重なり合い、結びつき、それによって全体の質感が決まる」とされる。
かつて別個の存在だと考えられていたものの間にある、
この見えないつながりが、万物の基本的な構成要素なのだ。
ほかの分野、特に生物学では、機械論的モデルから、
もっと全体的でダイナミックなモデルヘの移行は、まだ始まったばかりだ。
分子生物学の分野と遺伝学の大半の研究で、伝統的な機械論的思考がいまだ主流だ。
だが今、機械的イメージから抜け出して、生物を生物として理解しようとする科学者が多い。
また、進化論、動物行動学、生態学、生理学の分野で、
支配的な理論の抜本的な再公式化が起きている。
同様の世界観の変化は、人の健康に関する分野でも現われてきた。
全人的治療では、体を個別のパーツの集合ではなく統合的なシステムとしてとらえる。
生物学者の中には、
個別のシステム(免疫系、内分泌系、神経系など)として考えていたものを、
それぞれの機能が全体として相互に依存している一つのシステムとしてとらえたほうが、
よく理解できるという立場をとる人たちもいる。
さらに、最も規模の大きいレベルでは、地球を全体として巨大な生命体と見る、
ジェームズ・ラブロックが最初に提唱したガイア理論がある。
地球は、自己制御システムであり、
生命の生存を可能にする環境をともにつくる相互依存システムである地球社会だ、
とする彼の仮説に支持が集まっている。
化学では、イリヤ・プリゴジンが、ある物質が、環境の変化に合わせて、
より高い秩序に自らを再組織化することを証明した業績(散逸構造の理論)を認められて、 
1977年にノーベル賞を受賞した。
古い機械論的モデルにおいては、変化や障害はシステムに苦難をもたらすものだった。
混乱は、あらゆるシステムの宿命である衰退を加速するだけだとされていた。
しかし、プリゴジンの業績は、もっと希望のある新しい未来を示した。
彼は、開放系には、より高いレベルで自己を再組織化することによって、
変化や無秩序に対処する能力があることを証明したのだ。
生命体の機械論的モデルから抜け出して、もっと深く生命系のダイナミクスを観察すると、
不安定や無秩序や変化をまったく新しい視点で見る方法がおぼろげながらわかってくる。
ニューサイエンスのおかげで、私たちの自由と単純さへのあこがれが、
どの生命体にも共通するものだということを、私たちはよりはっきり悟りつつある。
科学者たちは今や多くの実例を使い、個体が自由な状態のまま、
複雑なコントロールではなく少数の公式や原理の繰り返しによって、
秩序や形態がつくられていくプロセスを説明している。

ニューサイエンスが描く世界は、科学の分野に限らず、
たくさんの分野で私たちの信念や認識を変化させている。
ニューサイエンスの考え方は、ほとんどすべての学問の分野に忍びこんでいる。
ほとんどの組織で私たちを悩ませている問題、
そして、どうやってその問題を私たちが検討しているか、
それを調べれば、科学の影響をうかがい知ることができる。
リーダーシップ、つまり、人が組織をつくり始めて以来、
私たちの興味を惹きつけてきた漠然とした現象は、
「関係」という側面から検討されているところだ。
倫理や道徳の問いは、もはやあいまいで宗教的な概念ではなく、
どの組織でも同僚や利害関係者、コミュニティとの関係でカギとなる要素だ。
個人のレベルでは、今やたくさんの作家が、
精神や魂、人生の目的との内面的な関係について書いている。
環境保護を訴える著作には、
私たちと私たちが暮らす環境のあらゆる生き物との間にだけ関係が存在するのではなく、
私たちと未来の世代の間にも関係が存在することが強調されている。
動機づけ理論では、外的な報酬を利用することよりも、
人に大きなエネルギーを与える内発的な動機づけ要因が評価されるようになっている。
私たちは、組織という場でもコミュニティ、意味、尊厳、目的、
愛への深い願望に焦点を定め直すようになっている。
愛は仕事にはふさわしくない、組織に感情を持ち込むべきでない、
そう考えて自分を使い分けるのではなく、
人間らしくありたいという強い感情と向き合うようになり始めているのだ。
組織の、そして労働者を取り替えのきく歯車とみなす機械論的モデルを手放せば、
自分自身をもっと多面的に見られるようになり、人間の全体性を認められるようになり、
そして、うまくいけば、人間であることのすばらしい恩恵を尊重し、
最大限に活かせる組織を設計できるようになるだろう。

ビジョン、価値観、文化の影響は、組織の関心の大きな部分を占める。
人々は、理由ははっきりわからなくても、この三つには強い力があり、
組織の生命力に影響することを知っている。
激動の時代の真っ只中で連続性や調和を生み出す最良の方法は、 
コントロールすることではなく、目には見えないが明白な力を利用することだと感じている。
現在、場―空間を占め、ふるまいに影響を与える目に見えないカ―の概念を、
研究対象としている科学者が多い。
組織のビジョンや価値観は、「場」のように作用する。
つまり目に見えないが、人のふるまいに影響する現実の力だ。
組織に対する考え方は、官僚主義の時代に隆盛だった機械論的産物から抜け出している。
もっと流動的で有機的な構造、境界がなくシームレスな組織が今、真剣に語られている。
私たちは、組織を全体システムとして認識し始めた。
「学習する組織」や「有機的な組織」を構築しており、
人間には自己組織化の能力があることに気づきつつある。
これらは、私たちの初めての旅、
現代の組織に必要な変化がこれからどんどん認識されていくことを予感させる旅なのだ。
組織は生きているシステムであり、
あらゆる生命体に共通する、適応し、成長する能力を持っている。


マーガレット・J・ウィートリー「リーダーシップとニューサイエンス」




クリックして愚僧の活動に御協力ください。 
スポンサーサイト



Secret

TrackBackURL
→http://souryonotakurami.blog46.fc2.com/tb.php/1416-172972b7