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2009.04.07 前へ
生命は毎日あたらしい。

新生の教えは、勇気の教えでもあります。




生命の実相を悟った者にとっては、毎日毎日が新生である。
何故なら人間の生命の実相は神の子であり、
神は、不断の新生であるからである。
神は過去を捨てて、常に「今」前進する。
過去と同じものを大自然は一つとしてつくらないのを見てもそれがわかるのである。
過去が失敗の歴史のように見えてもそれが何だ。
北樺太で自然林に大火があって、一切の樹木が焼けて痕跡をとどめなくなった後に、
やがて小さなトド松の苗木が生えて来るそうである。
それが生長して来ると、トド松の枝で護られながら白樺の苗が生えて来る。
このように生命は困難を超えて前進するのである。
生命にとっては前進のほかないのである。
ただ前進あるのみだ。
過去に大火があって焼けてしまったとて、生命は「死を超えて」前進する。
原爆を受けた当時、「百年間植物一つ生えないぞ」と言われていた広島の都市は、
原爆のなかった京都などよりも道幅がひろく、
まことに立派な大都市の様相を備えているのである。
都市だけではない。
過去の失敗が何だ。
ただ前進あるのみである。


谷口雅春「希望を叶える365章」




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