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2009.05.07 神話の時代
いくら科学が進歩しても、神話の持つ意味、その果たす役割は変わりません。

逆に、これを忘れてしまった現代は、危機的な状況にあると言えます。

この現代の閉塞感を解消するための叡智は、神話にこそあります。




どの国の神話も、われわれが生きているこの世と併存し、
ある意味でこの世を支えている、もうひとつの次元について語っているという点。
この、目には見えないが、
より強力な現実―ときに神々の世界とも呼ばれる現実―の存在を信じる思いが、
神話の根本的なテーマである。
これは「永遠の哲学」と呼ばれてきた。
というのは、科学的な思想に支配された現代社会が生まれるまでは、
こうした信念こそが、あらゆる社会の神話、儀式、組織の特徴であったし、
今でも、比較的伝統を重んじる社会にはこうした信念が影響しつづけているからである。
そんな「永遠の哲学」によれば、この世で起こること、
この下界でわれわれが見たり聞いたりすることには、
どれもひとつひとつ神の領域で対応しているものがあるという、
―豊かさにかけても、影響力にかけても永続性にかけても、下界の上を行く、神の領域で。
そして、下界の現実はどれも、天界にある原型の不完全で影の薄いコピーにすぎない。
死から逃れらない、はかない運命の人間は、
神聖な天界に加わることによって初めて、自分の持っている可能性を実現できる。
神話は、人間が直感的に感じている現実に明瞭な形を与えた。
人間は神話から、神々のすばらしい言動を学んだが、
それは興味本位からでも娯楽のためでもなく、
人間がこうした偉大な存在をまね、神性を体験できるようにするためだった。

われわれ現代人は、かつてないほど神話から離れてしまった。
だが、近代以前には、神話は不可欠な存在だった。
人が自分の人生を理解するのを助けたばかりか、
神話がなければ到底知ることのできなかった心の領域を明かしてもくれた。
心理学のような役割を果たしていたわけである。
フロイトとユングは、現代流の魂の探求を始めたとき、
本能的に古典的な神話を研究素材にして持論を説き、古い神話に新しい解釈を与えた。
しかし、この方法に斬新なところは何もない。
周囲の状況が変わったなら、それにあわせて自分の物語の語り口も変えなければ、
永遠の真理を引き出すことはできない。


カレン・アームストロング「神話がわたしたちに語ること」




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