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現代の仏陀が語る、
「三人寄れば文殊の智恵」の文殊菩薩の真実の姿です。

まれなることであります。





文殊(マンジュシャリー)は、
舎利仏や大目連が次々に亡くなっていくなか、若くして台頭してきた人の一人です。
釈尊が亡くなったとき、文殊はまだ歳が若かったのですが、
摩訶迦葉や阿難、優波離などが仏典結集をしようとしているのを見て、
「瑣末事に入って、ガチガチの教学をやる教団になってしまう」というのを見越します。
そこで自分は教団から離れ、故郷の南インドに帰り、仏陀の遺志を継いで、
大乗仏教のもとになる仕事をしています。

その後、何十年か生きた人ですが、
釈尊が亡くなるときに立ち会っていたのは事実です。
文殊といっても、男か女か分からないと思いますが、実は女性です。
古い漢訳仏典では、文殊のことを「妙徳」と訳してあり、女性なのです。
ただ、男装をするのが非常に得意で、男性の格好をして歩く人でした。
最後は、男性の格好をし、象に乗って南インドに帰りました。
この人はもともと、南インドの王家、身分の高い裕福な家の出身で、
かなり実家が大きかったのです。

南インドに帰ってからは、弟子をたくさん養成しています。
文殊の弟子を「文殊の徒」といいます。
そのなかの一人が、『華厳経』に出てくる善財童子のモデルになった人で、
この人はのちに天台智として生まれ変わっています。

大乗仏教では、文殊は「大乗の租」と言われているのですが、これはあたっています。
仏典結集のあたりから、霊性の部分、霊的な部分が、
教えからかなり落ちていきましたが、文殊は霊的な部分を強調し、
『般若経』等に見られるような「空」の教えを中心に説いていたのです。





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