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宗教音痴のわが国においても、
近年の比較宗教学の世界では、
このような正しい仏教理解がされはじめています。

喜ばしいことです。




広い意味ではアニミズムとシャーマニズムは、ワンセットの宗教的あり方とも言えます。
少なくとも、両者は大きく重なっています。
というのも、シャーマンがトランス状態(神懸かり)となり、
接触、あるいは交信する相手は、神霊・精霊であったり、霊魂であったりと多様ですが、
全て日常的な感覚ではなし得ず、異常心理の状態を通じて、
そのような状況下において神霊・精霊等との交流がなされると言い得るからです。
つまり、シャーマニズムの前提には、そのような他者、
つまり神的存在が必要なわけですから、
アニミズム的な宗教観との重なりが大きいわけです。
しかも、この異常心理、非日常的な精神において、
神的なものと交流するという図式は、
現在に至るまで、多少のバラエティーはあるものの、その基本形態は変わりません。

例えば仏教の開祖ゴータマ・ブッダでさえ、
長く激しい苦行の果てに超越的な対象(ダルマ)との一体感を得ています。
これを仏教では悟りと言っていますが、
普遍化すれば、ダルマは他の宗教の神に当たりますし、
ブッダはこの超越的存在との交信、媒介者であるシャーマンと言うこともできます。
現にインドでは、「預言者ゴータマ・ブッタ」などと言う人もいます。
つまり、ゴータマ・ブッダは、
仏教という新しい交霊・交神(ダルマ)の教えを生み出した神の使い、という位置づけです。

こう考えるとセム族の宗教に出てくる多くの預言者たち、
キリスト教のイエスやイスラーム教のムハンマドも、
シャーマンという大きなくくりができます。
特に、ムハンマドは、神の言葉が降る時には、
冬でも汗をかき緊張したと言われています。
また、日本では卑弥呼以来女性のシャーマンが民族宗教の中心に君臨しました。
天理教や大本教では、女性のシャーマンがそれぞれの宗教の開祖になっています。
因みに仏教でも、日本で最初に出家したのは、司馬達等の娘嶋でした。


保坂俊司「癒しと鎮めと日本の宗教」




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