FC2ブログ
きたるべきニューエイジには、
生物学や医学が「魂」の問題を扱うようになるのです。

大いなる目覚めはすでに始まっています。




あの陶酔に満ちた洞察の瞬間を与えてくれたのは科学ではあるが、
経験自体は、神話に出てくるような瞬間的な回心にそっくりだということは、認めざるを得ない。
紛れもない内なる声がわたしに向かって言うのを聞いた。
わたしが送っている人生は間違った仮説に基づいたものだ。
遺伝子が生物の機能をコントロールしているという仮説だけが間違っているのではなく、
肉体が死ぬとわたしたちは終わりになるというのも間違った仮説なのだ、と。
何年も費やして物理的な身体内の分子によるコントロールメカニズムを追求してきたが、
あの驚くべき瞬間に認識するに至ったのは、
タンパク質の「スイッチ」が生命現象をコントロールすること、
しかもそれはそもそも環境からのシグナルによってオン・オフが切り替わるのだということだ。
わたしたちを取り巻く環境―それはつまり、宇宙である。
わたしが魂に関する洞察を得た、あの瞬間に至ったのは、ほかならぬ科学のおかげである。
これには驚かれるかもしれない。
科学者たちの「スピリット(精神、霊、魂)」という語に対する扱いは、
キリスト教原理主義者たちの「進化」に対するそれと同じだ。
ご承知のとおり、心霊主義者と科学者では、人生に向かう態度は大いに異なっている。
人生がうまくいかないとき、心霊主義者は、
神やその他、見えない力に懇願して安寧を求める。
一方、科学者は薬品棚に薬を取りに行く。
わたしは科学によって魂に関する洞察を得たが、それは不思議ではない。
なんといっても、物理学や細胞研究の最新の発見が、
科学の世界と魂の世界とのあいだをつなぎつつあるのだから。
この二つの領域は何世紀も前、デカルトの時代に分離されたものだ。
だが、魂と科学とが再統合されてこそ、
わたしたちはよりよい世界をつくる手段を得る、とわたしは信じている。
最新の科学が示す世界観は、
自然界のすべての物質に魂があると考えた初期文明の世界観とよく似ている。
現在でも存続しているわずかな先住民は、いまでも宇宙は一つだと考えている。
先住民の文化では、岩や空気、人間などを区別しないで、
すべてに魂、すなわち見えないエネルギーが息吹いているとする。
どこかで聞いたような話ではないだろうか?
まさにこれは、
物質とエネルギーとは分かちがたく結びついているとする量子物理学的な世界観と同じだ。
人類が、いまほどそういった世界観による洞察を必要としたことはない。

ブルース・リプトン「思考のすごい力」




クリックして愚僧の活動に御協力ください。
スポンサーサイト



Secret

TrackBackURL
→http://souryonotakurami.blog46.fc2.com/tb.php/1899-b0f3993d