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2009.10.06 敬神崇祖
近年、スピリチュアルな事象に感心が集まっています。

一方で、唯物主義の最後の悪あがきともいうべきものも始まっています。

左翼政権が与党になり、心の教育を廃止しようと画策しているのです。

ミンスは国体を破壊しようとしています。

何としてでも神国日本を守らねばなりません。

わが国の心霊科学研究の先駆者、浅野和三郎氏がこのような文章を書かれています。

真理はいつの時代にも真理であります。




日本の伝統的思想の中心骨髄は、「敬神崇祖」の四字に結晶せしむることが出来ます。
これが出発点となりて、日本の建国も、君民一体も、
義勇奉公も、何も彼も出来上がっております。
敬神崇祖を抜きにした時に、地上から日本国並びに日本国民は消滅します。
ところが、この根本観念に向かって全般的正面衝突を行ったのが、
言うまでもなく、かの唯物思想で、極力無神無霊魂を主張しました。
幸いその主張には、何所やら危なっかしい所があったお陰で、
徹底的に日本の国体を破壊するまでには行きませんでしたが、
それでもかなり濃厚に日本国の前途に暗影を投ずることに成功しました。
学問的に殆ど零に近い既成宗教は、これに向かってなんら施すべき術を知らず、
多くは子供だましに近い弥縫策を講じてお茶を濁している位のものでした。
もしも、日本国に心霊問題を掲げて唯物思想の打破に尽瘁したる、
少数の人士が居なかったとすれば、その前途は掛け値なしに、全く闇でありました。

まず、「神」観念が近代心霊研究のお陰で非常にはっきりして来ました。
従来は用語の不穿鏧、偏狭なる人種観念、又、活きた研究資料の不足等に累せられて、
ともすれば一流の碩学長老までが幼稚な愚論を戦わしておりましたが、
その厭うべき傾向はまず、世界の心霊論者の間から消滅するに至りました。
宇宙の一切の万有を顕現せしめた根源の大霊―これがいうまでもなく真の神で、
キリスト教徒の所謂「ゴッド」であり、仏教の所謂「真如」であり、儒教の所謂「天」であり、
日本古神道の所謂天之御中主神であります。
従来は、やれ一神教だの多神教だの、やれ有神だの無神だのと、
下らぬ議論を戦わしておりましたが、
実は古来世界の各国がその根本観念において、悉く一致していたのであります。
真の無神論者というのは、
19世紀の世界が生んだ唯物論者と称する畸形兒位のものなのであります。

日本思想の所謂敬神は無論、この宇宙根源の大霊にまで遡るのであります。
また、是非そうせねばなりません。
ここのところまで行かなければ、四海同胞の精神なり、
報恩感謝の意義なりが充分に徹底しません。
そこまで漕ぎつけるのが所謂、惟神の大道たるゆえんであり、
所謂真の大和魂の大和魂たる所以であります。
が、日本の所謂敬神の一語の中にはもちろん、天之御中主神以下の「諸神霊」、
キリスト教徒の所謂「天使」たちに対する崇敬の意義までも包含されております。
この点において、日本の敬神思想の内容は最も豊富であり、
また最も組織的であり、世界万国に冠絶しております。
日本の八百万神の思想をもって幼稚だなどと思ったらそれこそ滑稽で、
心霊研究が進めば進むほど、この思想は一層光輝を発するのであります。
次に日本思想の所謂「崇祖」―これは無論敬神思想と切っても切れぬ関係にあります。
何となれば、われらの優秀な祖先の霊魂は、他界において向上進歩の結果、
終には神(西洋の所謂天使)ともなり、小は個人、郷土の守護、
大は国家社会の守護等にあたっておられるからであります。
畏れ多くも日本国家皇室の大守護天照大御神様とても、そうしたお方であられましょう。
心霊科学が確立されなかった時代にありては、こうした思想は殆ど純然たる一つの神話、
言わば架空の夢物語と、ほぼ同様に考えられる傾向があったのでありますが、
今日ではもう、そうではありません。
少なくとも学問的に立派に成立し得る事柄とみなしてよろしいのであります。
もしも、日本国家皇室の背後に、千秋万古厳として大稜威を発揮せらるる、
大祖霊の御加護がなかったとしたなら、極東の天地に発現した、
この不可思議な大事実、―世界無比の国体は恐らく成立しなかったでありましょう。

「心霊講座」




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