FC2ブログ
2009.10.08 神への恨み
不真面目な唯物論者は快楽主義者、個人主義者になる。

それはまだいい。

問題は、真面目な唯物論者達である。

シナ共産党の所業を見れば、その問題点がよくわかる。

本人達はいたって真面目なのだ。

真面目なゆえに、その思想が正しいと思うがゆえに、それを他に強制しようとする。


彼らはこう考える。

「神や仏がいるのなら何故、こんな世の中なのだ。」

「何故、人は死ぬのだ。」

「この世は何故、かくも理不尽なのだ。」

「どうして私だけが、不遇なのだ。」

「どうして、神や仏は、目の前に現れて救ってくれないのだ。」

「神も仏もいないのならば、私がなんとかしてやろう!」


神も仏も信じない彼らは、個体差が許せなくなる。

「平等なる世界を!」

だから人工的に破壊しようとするのだ。

正邪も善悪も伝統文化も自由繁栄幸福も富も民族性もセクシャリティーも。


彼らの憎しみはつねに神にむけられている。

それは当然であろう。

彼らからみれば、みな同じ物質からなる存在。

虫けらや犬猫も、釈迦もキリストも、みな同じ生物(物質)。

弱肉強食、すべては本能(DNA)によって支配されているのだから。


ましてや、
その物質人間が説く宗教などは、
目に見えないものを吹聴するまやかしの代物とうつるのであろう。


しかし、その見解は、客観的な事実にはもとづかない。

ほとんど感情的なものである。


つぶさに世界を見渡せば、神の痕跡はいくらでもあろう。

自由意志の存在。

森羅万象は全て同じ粒子からなること。

宗教が未だ健在であること。

大宇宙のその広大無辺さと規則性。

歴史上の天才たちは皆、宗教的であったこと。


小さな自分のことばかりに捕われていては、真実は見えない。




クリックして愚僧の活動に御協力ください。
スポンサーサイト



Secret

TrackBackURL
→http://souryonotakurami.blog46.fc2.com/tb.php/2017-f5db5f8f