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2009.11.06 ID論の台頭
いつの時代でも、新しい理論は弾圧を受けるものです。
しかし科学史は、真理の為に果敢に戦う人々によって塗りかえられてきました。
日本におけるID論の論客、渡辺久義氏のこの文章は痛快かつ重大、深刻な問題提起です。

我が国でも、これからはこの問題をスルーすることは不可能であります。




今学界を二分して起こっているのは論争でなく、はっきりと戦争である。
それは邪馬台国がどこにあったかとか、
日本が侵略国家であったかなかったか、などという類いの論争ではない。
そういった次元をはるかに超えた、歴史的な血みどろの思想闘争である。
それは我々が魂を悪魔に売り渡すか売り渡さないか、
人間として生きる「すべての望みを棄てる(ニヒリズム)」か、棄てないかのかかった戦争である。

我々はこれまで唯物論文化の中に育ち、
唯物論教育をしか受けてこなかったために、問題の深刻さに気付かなかった。
これが当たり前と思っていた。
しかしここ数年、世界の見通しは次第に明らかになりつつある。
世界を覆っていた雲は晴れつつある。

唯物論あるいはその核としてのダーウィニズムとは、本当は何だったのか? 
我々の科学とは何だったのか? 
宗教とはそもそも何だったのか? 
これらはすべて、ここ数年の間のID運動と、
それをきっかけにして起こった思いがけぬパニックによって、明らかになってきた。
これまでの執拗な進化―創造論争で本当に争われていたのは何か? 
科学を防衛することだったのか、宗教を防衛することだったのか? 
そうではなく問題は、無神論科学・道徳に対する有神論科学・道徳の対立だったのである。

これは宇宙と人間のまったく相容れぬ二つの解釈である。
スティーヴン・ジェイ・グールドの棲み分け提案(科学と宗教は別領域で生きるべき)に、
フィリップ・ジョンソンが反発して言ったように、「人は二人の主人に仕えることはできない」。
どちらかがより根源的な土台でなければならない。
宇宙と人間は我々を超えたものから生まれたか
我々以下の物質から生まれたか、のどちらかでなければならない。


「ダーウィニズム150年の偽装」




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