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2008.04.21 餓鬼事経
仏教では、死者供養をしない、霊的存在を認めない、とよく言われますが、
これはとんでも無い誤解です。

原始仏典の小部に「ペータヴァッツ(餓鬼事経)」という経典があります。

餓鬼というのは、迷っている霊であります。

修行者にとって供養は善行であり、喜悦です。
また、その慈愛の行為は、迷っている霊にとっても益となり、
共に救われる自利利他行として説かれているのです。


一、彼らは住家の外に、または街の四辻に立ち、
   あるいは古き各自の家に行きて戸口に立つ。

二、過去の業によって多く食物や飲物、堅き食物、軟らかき食物の供えられたる時、
   この世の因縁あるものは、誰も彼らを記憶するものなし。

三、慈悲ある人は、因縁あるもののために、清浄にして、すぐれたる、
   時に適したる食物飲物をあたふ。これらは、汝ら逝きにし因縁あるもののためとなれ。
   因縁あるものは満足してあれと言いつつ。

四、彼らは此処に集まり、集まりし因縁ある餓鬼らは多くの食物飲物に非常に喜ぶ。

五、彼らは言う。これらのものを受けたるその人々によりて、
   我ら因縁あるものは長く生きん。
   我らのために供養はなされる。またこの施主は果なきことなしと。

六、実にこの世界には耕すこともなく、牧畜もなく、
   商売の如きもなく、金によりて売買することもなし。

七、この世から受くることによりて、死の世界の餓鬼は生きていく。
   高き所の水の低きに流るるが如く、
   かくの如く実にこの世からの施物はもろもろの餓鬼に利益あり。

八、溢るる河の流れ海を満たすが如く、
   実にこの世からの施物はもろもろの餓鬼に利益あり。

九、我に施したり、我に善行をなせり。彼らはわが因縁あるものなり、友なり、仲間なり。
   過去の業を憶い起こして餓鬼に施物を与えしめん。

十、泣くことも、悲しむことも、その他嘆くことも、この餓鬼らには何の益ともならず。
   かくの如く因縁あるものは立ちてあり。

十一、されどこの施物の僧団に与えられ使用せられなば、
    長く死人の利益となり、よく彼を利す。

十二、ここに記せられたるこれは、因縁あるものに対する義務にして、
    もろもろの餓鬼には非常なる供養がなされ、
    僧には力を与える。また汝らには少なからず福が得られると。





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