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アンリ・ベルクソンは、
フランスを代表する哲学者であり、ノーベル文学賞受賞者です。

ベルクソンは、
意識は物質に還元することはできず、
物質とは独立して持続していくものだとして、
形而上的な意味合いの強い「生命の飛躍」という概念を唱えました。

生命は、大いなる意志の働きを受け創造的に進化するのだ、と。

そして、こうも言っています。
宇宙は神々を作るためのしくみである、と。

ベルクソンは、新プラトニズムから影響を受けていた神秘主義者でもあり、
晩年には神に帰依します。

ベルクソンの唱えた生命概念は、
唯物的な生命観が反省されはじめた現代において、ますます評価が高まっているのです。




心霊学は、それが確実だと思っているものと、
単に確からしいもの、あるいは、たかだか可能なものとを区別する。
しかし、心霊学が確実なものとして提供するものの一部しか取り上げないとしてさえも、
心霊学が、その探検に着手したばかりの未知の土地の広大さを、
推測するに足るだけのものは残る。
この未知の世界の微光が、我々のところまで達し、
肉体の目で見えるようになった、と仮定しよう。
たとえ口では何と言うにせよ、一般にただ自分の見るものと自分の触れるものだけを、
実存的だと認めることに慣れた人類のなかに、何という変化が生ずることだろう!
我々のところにこのようにしてもたらされる情報は、恐らくは、魂のうちの下級のもの、
最低段階の精神性に関するものでしかないだろう。
しかし、大部分の人々のうちに見いだされるように思われるが、
大抵の場合、言葉だけの抽象的な、効力のないままにとどまっている彼岸の信仰を、
働く生きた実在に変えるためには、それ以上のものは必要でないだろう。
こうした信仰がどの程度に大切であるかを知るためには、
ひとがどんなに快楽に飛びついているかを見れば充分である。
ひとは、もし快楽を何か虚無から逃れるためのもの、
死を嘲るひとつの手段、と見ていなければ、これほどまでに快楽に執着しないだろう。
実際、もし我々が永遠の生命を確信しているとすれば、絶対的に確信しているとすれば、
我々はもはや、そのほかのことは考え得ないだろう。快楽は歓喜の陰に消え去るだろう。


「道徳と宗教の二源泉」




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