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第二の例は、ガイアの理論がもたらしているものです。
地球の有機的無機的諸層が全体として唯一のシステムを、
一種のメタ有機体、生ける惑星=ガイヤを構成しているとするこの理論は、
母なる大地の原形として、古代の女神ガイアにちなんだ名がつけられています。
しかしこれは恐らくあらゆる宗教に共通するものでありましょう。
ガイア理論によれば、われわれはもっとずっと大きな全体の一部であり、
われわれの運命は、自分のためにすることばかりでなく、
われわれが総体としてのガイアのためにすることにも左右されるのです。
われわれがガイアを脅かすならば、ガイアはあるべき生命、
というより高い価値を守るために、われわれを見捨てることになりましょう。
人間原理とガイアの理論が、われわれにもたらす霊感とは、
どのようなものなのでしょうか。それはじつに単純なものです。
どちらも人間が太古の昔から直感し、昔から神話の中に投影し、
昔からさまざまな原形として神話の中にこめた内容を、
現代の言葉で語っているだけなのです。
つまりそれは、自己と地球や宇宙との結びつきの意識であり、
今ここにいる自己だけではなく、触れることのかなわぬもっと広大で、
神秘な総体の一部であるという意識なのです。
この忘れられた意識は、あらゆる宗教の象徴に再び書き写され、
あらゆる文化において、さまざまなやり方で知覚されています。
これは人間が自己を理解し、この世界における自己の位置を理解し、
この世界のあるがままの姿を理解する能力の一つの大きな基盤ですらあるのです。
もうずっと前のことになりますが、その評価についてはとかく議論の的となった、
哲学者ハイデッガーが「今後、われわれを救えるのは神のみである」と宣言しました。
実際問題として人間の真の希望は、自己がこの地球と宇宙に根づいているのだ、
という確信を新たにすることと、この確信を通じて花開く固有の超越性についての、
自覚と能力を増大させることに見出されるものでありましょう。
政治家が世界の新しい秩序の基礎は基本的人権の尊重にあると、
事あるごとに至るところで繰り返したとしても、それが生命の奇蹟に、宇宙の奇蹟に、
自然の奇蹟に、自らの存在の奇蹟に対する畏敬の念から生じたものでないかぎり、
何の効果ももたらさないでありましょう。
宇宙の秩序の権威の前に、万物創造の権威の前にひざまずき、
それを自己の一部となし、他者とも分かち合える権利を評価し得ないような人間は、
隣人を心から尊重することも―したがって諸権利を尊重することもできないはずです。
そこから論理的に得られる結論は、文化の多様性の中で平均的な共存と、
創造的な協力に至る最も確実な道は、
人間の超越性を原理とするものでなければならない、ということなのです。
これこそ、あらゆる文化の出発点であり、前提であります。
これこそ人間の心の奥底と理性に最も深く刻み込まれているものなのです。
身近な人間に、見知らぬ人に、人間の社会に、生きとし生けるものすべてに、
自然に対して、宇宙にさしのべられる理解に満ちた手としての超越性。
われわれ自身ではないもので、われわれには理解できないもの、
時間と空間の中ではるか彼方にあると覚しきものの存在を含め、
一切のものと調和して深く喜びに満ちて生きる必要としての、超越性なのです。
われわれは唯一のこの同じ世界の一員として、
この超越性と神秘的な絆を保っているのです。
この超越性こそ、われわれが絶滅を免れる、唯一の現実的な選択なのです。







このハベル氏の主張は、
仏国土建設運動に合致したものであり、
まさしくニューエイジ時代にふさわしいものです。

世界にこのような政治家が存在するということは、大きな希望であります。

わが国、日本においても、2020年ごろから、
あの世とこの世を知り尽くした哲人政治家の出現が予定されているようです。




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