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2010.01.03 霊的文明論
唯物論はもっと批判されなければなりません。

明るい未来社会のためには、霊的真理の理解が不可欠です。




経済秩序にも、自由な精神生活によって魂を入れることができなければなりません。
自由な精神生活が経済生活のなかからでも映し出されるときにのみ、
明るい社会の未来が開けてくるのです。
自由な精神生活もそこでは非実際的なものにならず、
むしろ非常に実際的になるでしょう。
不自由な精神生活のなかに留まり続ける人が、
善について、悪について、正義と真実について、美と醜について、
あれこれと思案するとき、それらのものはその人の魂の内部にしか存在しません。
霊学の立場に立って、精神を生命ある存在として把握できた人は、
社会生活上のすべての行動において実際的になるのです。
霊的直観がその人の働く手のなかにまで流れ込み、
すべての生活分野のなかで直接作用できるようになります。
実際生活から疎外された精神文化だけが、魂を社会から疎外するのです。
実際生活に働きかける精神文化は、実践的なものにまで発展します。
私は言いたいのです。
精神生活を本当に知っている人は、そこから促しを受けて、
霊的要素がどれほど実際生活に近いものであるかを、いやでも体験させられる、と。
私は言いたいのです。
必要なときに自分の手で木を切ることのできない哲学者は、たいした哲学者ではない、と。
なぜなら実際生活に直接手を染めることなくしては、
真の哲学を打ち立てることができないでしょうから。
人生から遊離した哲学なら、打ち立てることができるでしょう。
しかし本当の精神生活は実際的なものです。


ルドルフ・シュタイナー「社会の未来」




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