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2008.04.25 僧侶と神
これからは、僧侶も神を語る時代です。

とかく僧侶の神についての見解は、曖昧です。

僧侶は、空や縁起の概念をもちだして、
物質の相互関係性を強調するのが常です。

それは、ダーウィニズムや唯物論と、どう違うのでしょうか?

万物の背後に、
何らかの知性、働き、超越性、霊的次元を認めているのでしょうか?

宗教もグローバル時代に突入です。

仏教は無神論だ、といい出したのは西洋人です。

仏教を無神論にしたがる日本の勢力には、
西洋宗教に対する屈折した複雑な感情があります。

しかし、それは間違いです。

お釈迦さまは、人格神はもちろん、創造神すら認めています。

神については、語ってはいけないことも、語りすぎることもありません。

神は一切の根源であり、神は無限だからです。

神について考えない人はいません。

子供は誰でも自分の親を知りたがるように。


神も仏も言葉の違いにすぎません。

一神も多神も汎神も、見る視点の違いにすぎません。

宇宙や生命は、偶然に出来たのではありません。

その奥には、あきらかに神の働きが感じられるはずです。

神を否定すれば、
愛も、真善美も、信仰も、宇宙への信頼も、生命への畏敬も生れてきません。


もっともっと、僧侶が神を語り、
仏という言葉を神と同義語にしようではありませんか。




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