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これは読むべし!

コピペ
(英エコノミスト誌 2010年3月6日号)

友人たちが夕食に出かけた時、ウェイターが勘定書を持ってきたとたん、
楽しい雰囲気が台無しになることがある。
楽しい夜の時間が突如、誰が前菜を食べたのか、
誰がロブスターを頼んだのかという言い争いに発展しかねない。
公的部門の赤字を抱えることも、これとよく似ている。
勘定を払わなければならなくなった時に、論争が始まるのである。

今回は赤字が非常に多額で、当面その状態が続く可能性が高いだけに、
争いは普段より激しいものになるだろう。
先進国の経済がまだ弱いため、多くの政府は(概ね適切に)、
もうしばらくの間、多額の赤字を出し続ける気でいる。

だが、債券市場は、特に相対的に弱い欧州諸国に対して、しびれを切らしつつある。
ギリシャは当初打ち出した財政再建策が市場も近隣諸国も安心させられなかったために、
3月初めに3度目の緊縮財政計画を発表することを余儀なくされた。

GDP(国内総生産)比で見た英国の財政赤字はギリシャより少なく、
国債の平均満期も14年間と長いが、英ポンドも3月初めに急落した。
総選挙で絶対多数の政党が存在しない議会(ハングパーラメント)が、
誕生する可能性があるとの見方に投資家が動揺したためだ。

確かに、こうした国と比べると、米国、ドイツ、日本の3大先進国が受けている圧力は小さい。
だが、日本は債務水準が高く、
米国は高齢化するベビーブーム世代のコストが政府を破産させるほど大きい。

世界が経済学者たちによって運営されていたら、
赤字削減は非常に複雑な綱渡りになっていただろう。
政治家にとっては、恐らく1つの問題がそれ以外の問題を圧倒する。
誰が債務を返済するのか、という問題だ。

その候補者は国によって異なるが、リストには大抵、
納税者、公務員、社会保障の受給者(国の年金受給者や公的医療制度の利用者など)、
外国人投資家、将来世代が含まれる。

既に戦線は引かれ始めている。
ギリシャでの公務員労組によるストや、
米国で増税に抗議する人々が行ったティーパーティー運動を見るといい。

これに対しては、すぐさま浮かぶ答えが2つある。
政治家にとっては、諸々の歳出削減や増税よりも受け入れやすい対策だ。

最初の答えは、問題の規模について正直になるということだ。
公的部門の会計は、エンロンのように怪しい。
ギリシャが気づかされたように、債権者は数字をごまかす政府に罰を加える。
そして有権者は、どのような約束が行われたのか分からなければ、
何を減らすべきか判断できるはずがない。

欧州大陸でよく耳にする、
欲深い投機筋による「アングロ・サクソン」の陰謀に関する話も真実味を欠いている。
というのも、投機筋が赤字を作り出したわけではない。
ある銀行のアナリストが辛辣な調子で述べたように、
「自分の醜い顔を鏡のせいにすることはできない」のだ。

もう1つの答えは、経済成長に焦点を当てることだ。

成長の高まりは市場を安心させ、税収を増やし、
失業給付やその他の社会福祉支出を削減する。
そのため政治家は、保護主義や増税といった長期的な成長率を低下させる政策を避け、
代わりに、より柔軟な労働市場やその他の生産性を高める改革など、
潜在成長力を高める対策に焦点を当てるべきだ。

日本は、どのような増税を行うにせよ、
成長を高めることなしに財政難を解決することはできない。
多くの欧州諸国も同じ罠にはまろうとしている。

大半の政府がもう少しありのままを語り、
経済成長をもう少し速めると仮定した場合でも、まだ難しい選択は残る。

主要な断層は多くの場合、世代間に生じる。
いくつかの約束、特に公的部門の年金や医療制度に関する約束は、
次の世代にあまりにも大きな負担をかけるかもしれない。

米国の中高年は、子供たちの銀行口座を当てにして小切手を切ってきた。
例えば、年金受給開始年齢を引き上げることで、こうした約束の規模を縮小することは、
短期的に赤字を減らすことにならないにしても、
ほぼすべての国で財政を立て直すための必要条件だ。

多くの欧州諸国で既に起き始めている、より差し迫った戦いは、
納税者と公務員との間、そして増税と歳出削減との間の戦いだ。
この戦いは、強力な労組と最大の納税者―しばしば、
政治家に話を聞いてもらえる企業と高額納税者―との戦いであり、政治的には互角だ。

だが経済学の観点から言えば、こうした調整の多くは、歳出削減という形で行われるべきである。

銀行危機の規模を考慮すると、信用収縮の最中は国が介入するのはやむを得なかったが、
介入の規模拡大は一時的であるべきだ。
これはただ単に、我々のイデオロギー的偏向ではない。
経済学の研究でも、歳出削減に依存する財政調整の方が、
増税に基づくものより優れていることが示されている。

確かに、負担が分かち合われていることを有権者に納得させる、
という政治的必要性から行われる場合には、増税も必要かもしれない。
だが、1997年に日本が行った増税のように、増税というものは回復の芽を摘みかねない。

過去にはいくつかの政府が、債務にただ背を向けることによって、この問題に対処したことがある。
アイスランドは3月7日に、少し穏やかな形ではあるが、そうした解決策について国民投票を行う。

今回、より深刻な脅威は、
各国がインフレ率を高めることによって自国の債務を減らす誘惑に駆られることだ。
だが、これは採用するのが危険な選択肢であるばかりか、可能ですらないかもしれない。
市場がこうした政策の到来を予測し、より高い債券利回りを要求するからだ。

各国政府がどちらの道を選択するにしても、その道のりは険しいものになる。
信用緩和の時期が緊縮の時代に取って代わられた今、
多くの国が社会的結束を試されることになる。
すべての国がテストに合格するわけではない。
今後数年間、多くの政治家のキャリアは債券市場でその命運が左右されることになるだろう。




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