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2008.04.30 信仰の哲学者
セーレン・キルケゴールは、19世紀のデンマークの哲学者です。

コペンハーゲン大学神学部に入学、牧師への道を志しますが、
しだいに、哲学に興味が移り、ソクラテス、ゲーテ、ヘーゲルなどの研究を行います。

彼は、宗教的苦悩の解決を哲学的真理に求めますが、
ヘーゲル哲学などの理念や概念によるのではなく、
実存する個々の人間の苦悩の解決のための哲学を模索したのです。

42才の若さで急逝するまで、公職につくことなく著述活動に専念し、
膨大な著作を遺しました。彼は、生涯独身でありました。

その著書には、
世俗的領域にかかわる美的著書と、
信仰の問題にかかわる宗教的著書とに分類されますが、
彼の本意は宗教的著書にありました。

彼の思想は、
人間は、美的実存・倫理的実存・宗教的実存という三段階にわたって成長し、
宗教的実存に至って初めて安楽がおとずれ、自分の魂と神は接することが出来る、
というものでした。

ハイデッガー、ヤスパース、サルトルなどの、後の実存哲学者に影響を与えています。


彼は、キリスト教の信仰形態を批判しましたが、
真摯に神を信じたキリスト者であったのです。




一切の抽象物は神の前には全然存在しない。
ただ個体的な人間のみが、ただ個体的な罪人のみが、
キリストにおいてある神の前に生きているのである。
しかも神はよく全体に心をくばることができる。
だいたい神は雀の世話までもすることができるのである。
神は一般に秩序の友である。
そしてこの目的のために神自身はあらゆる場所に、
あらゆる瞬間に現在しているのである。
神は偏在者である。
神の概念は、人間の概念のようなものではない。神の概念は一切を包括する。
また別の意味では神はいかなる概念をももっていない。
神は略語の助けを借りる必要がない。
神は現実そのもの、すなわち一切の固体を把握している。


「死に至る病」




キルケゴール哲学と仏教の類似性がよく指摘されますが、
彼の過去世は、インドの大乗仏教唯識派の大成者、無着だったのです。




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