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2008.05.01 栂尾上人
明恵上人は、鎌倉時代に活躍した華厳宗の僧侶です。

仁和寺や東大寺で真言密教、華厳を学び、
21才で朝廷から仏事の召集を受けたのをきっかけに、
和歌山県の庵に遁世します。

その後は、
後鳥羽上皇から賜った栂尾に高山寺を開設し、
華厳と密教を兼修する新しい教団樹立を志します。
そこでは、栄西がもたらした茶を栽培し、その普及につとめるなどしています。

明恵は、終生、釈尊を尊敬し、仏遺参拝のためインド渡航を計画しますが、
春日明神の神託を受けて断念することになります。

明恵の著書「大唐天竺里程記」には、
中国の長安からインドのラージギルまでの、距離や所要日数などが記されています。

著書には、
法然の念仏宗は、悟りを求める心を否定するものだと批判した「摧邪輪」や、
生涯にわたって、瞑想や睡眠中の宗教体験を記録した「夢記」などがあります。


明恵は、霊能力にも優れ、様々なエピソードが記されています。


或る時、行法の最中に侍者を召して、
「手水桶に虫の落ち入りたると覚えぬ。取り上げて放て」と仰せあり。
仍りて出でて見るに、蜂落ち入りて死なんとす。急ぎ取り上げて放ちけり。

坐禅の中に侍者を召して云わく、
「後ろの竹原の中に小鳥物にけらるると覚ゆる。行きて取りさえよ」と仰せられけり。
急ぎ行きて見れば、小鷹に雀のけらるるを追い放ちけり。
此の如きの事、連々也。

或る時、夜深けて炉辺に眠るが如くして坐し給えるが、俄に、
「あら無慙や。遅く見付けて、はや食いつるぞや。火を燃して、急ぎ行きて追い放て」
と驚き仰せられけるに、前なる僧、「何事候ぞ」と申せば、
「大湯屋の軒にある雀の巣に、蛇の入りたるぞ」と仰せらる。
深の闇にて有るに、怪しからずやと思えども、蝋燭急ぎ燃して行きて見れば、
はや鎧毛に生いて、羽なんども生いたる雀の子を、大蛇飲みかけて、巣に纏い付きたり。
急ぎ取り放ちにけり。かかる闇の夜に、遥かに隔たりて遠き所の物をだに見給う。


「梅尾明恵上人伝記」


明恵は、戒律を守り禅定を重視する実践的仏教者であり、慈悲心溢れる菩薩でありました。




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