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エコロジーという言葉を、日本で最初に使用したのは南方熊楠であります。

熊楠は、地衣・粘菌類の研究者としての他にも、
博物学や民俗学の先駆者としても有名ですが、
あらゆる面において規格外の人物でした。


彼は、東京大学予備門に入学しますが、
学業よりも自らの植物研究に没頭し、中退しています。

その後は、アメリカに留学し、植物研究を重ねます。
そして、その研究成果が認められ、イギリスの大英博物館で職を得ることになります。

熊楠は、その博物館の書物を読み耽るかたわら、世界各地を周り、
発見した地衣・菌類に関する論文を、科学雑誌「Nature」などに、次々と寄稿します。

その論文は、ダーウィンやスペンサーなどと肩を並べて掲載されたこともあります。

しかし、33才頃に日本に帰国してからは、和歌山県の熊野に隠棲して、
菌類などの研究をしながら、読書や執筆活動に専念するようになります。


彼は、幼少のころから記憶力に秀で、
本を何冊分も丸暗記し書写することが出来たそうです。
語学にも特異な能力があり、19もの言語を操ったと言われています。

それ以外にも、
霊と話をしたり、幽体離脱をして霊界に参入することのできる体質だったようです。

また、「森羅万象は曼荼羅である」と言うほどの、仏教者でもありました。

熊楠は、生き物を愛し、生きた学問を愛しました。
それゆえ、硬直したアカデミックな世界を避け、
あらゆる事象を独学で研究する道を選んだのです。




(一)箇人心は単一にあらず、複心なり。
すなわち一人の心は一にあらずして、数心が集まりたるものなり。
この数心常にかわりゆく、
またかわりながら以前の心の項要を印し留めゆく(このことは予実見せしことなり)。

(二)しかるに、複心なる以上はその数心みな死後に留まらず。
しかしながら、またみな一時に滅せず、多少は残る(予は永留の部分ありと信ず)。


「土宜法龍宛書簡」




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