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かつて、アメリカにスター・デーリーという人物がいました。

極悪非道ぶりで有名で、因人となってからも二度も破獄を企てます。

そんな彼は、悔い改めの為に地下牢に吊るされることになります。
しかし、彼は赦しを請うことをせず、強情にも15日間も耐え続けるのです。
そして、気を失ってしまいます。

意識を取り戻した彼の前には、なんとキリストが立っているのです。

「彼は私の方へ近づいて来た。彼の唇は動いている。
しかし言葉はきこえない。彼は私の側に来た。
そして私を見下した。そして深く私の眼に見入ったのである。
それはまるで私の魂深く貫き通るような慈愛の眼であった。
自分は未だかつて人間の眼で、
彼の眼に輝いているような、そんな深い愛を見たことがなかった。
愛の虜となってわけもなく、
まったくそのところにひざまずいてしまった私をはじめて私は見出した。
私はこの夢の中のある神秘的な感覚によって、
私が『実在』の世界の中に浸されていることを知ったのである。
永遠に、久遠に、私の生命に力を与えているアルモノを私は見たのである。」

と後に語っています。

回心後の彼は、神の導きにより、ライファーという老囚人と出会うこととなります。

ライファーは、キリスト教の深い霊的意味を理解しており、
その言葉で多くの因人達を救っている、驚くべき人物です。

ライファーは言います。

愛のない説教は未だかつて一人の魂を救ったことはないし、
これからも決して救い得ないだろう。
人類を愛し抱擁することによってのみ、君は君の魂を救うことが出来るのだ。

人を愛するということは、人を知るということである。
人を知るということは彼を助け、癒すことが出来るということである。
このようにして神は、愛を通してその癒す力を働かせ給うのである。

愛は決して失敗しない。愛は恐怖をかなぐり棄てる。
愛は法則を成就するものである。
汝の宗教が正しいか否かのテストは知識や智慧ではない。
憎しみにみたされたる無神論者も、知識や智慧は持ち得るのであるが、
それは真の信仰でも信条でもない。
悪魔でさえもある意味では信仰をもち、不屈の信条をもっている。
しかし、それには真の癒しのカも、聖句を解釈する真の力もない。
真の宗教か否かの最後のテストは、
彼が愛に満たされた魂をもっているかどうかの問題である。
神の愛と人の愛とを持っているかどうかの問題である。
汝に宿っている神の愛は、神が汝の中に働き給うのである。


スター・デーリーは、監獄の中で180度の転身を遂げ、神の使者となりました。
出獄後は、「愛は刑よりも強し」などの本を記し、講演活動で各地を飛び回ります。
昭和29年には、日本にも来て講演しています。


彼は、どのような罪を犯した人間でも、回心して神に愛されることが出来るのだ、
ということを身をもって証明したのです。




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