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2010.08.09 神仏の声
現代の仏陀からの、渾身のメッセージです。

涙なくしては、読めません。

神仏の声を伝えるのが、ブッダ(悟りたるもの)の使命なのであります。




幸福の科学立宗以来、二十数年間、
私たちは、この地上に仏国土ユートピアを打ち立てるべく、努力してまいりました。
しかし、残念ながら、現今の情勢は、
われわれのユートピア運動が必ずしも功を奏しているとは言えない状態にあります。
このことに関し、私は、みなさんに対し、まことに申し訳ないことであると感じています。
二十数年間、活動してきましたが、まだ、この国において、
仏法真理の大きな柱を打ち立てることに、十分には成功しておりません。
一方、世界の国々には、私とまだ直接会ったことがないにもかかわらず、
翻訳された私の書籍と私の説法をもとにして、
日々、活躍している仏弟子たちが多数存在いたします。
そのことを考えるにつけても、
「われらの力が及ばず、日本という国において、
大きな考え方の変更を招来できずにいる」ということについて、
強い強い残念な思いと同時に、
「まだ戦いは終わっていない」ということを感じる次第であります。

今、民主主義的な手続きをとりながら、
「国家社会主義」という名の悪魔が、この日本に復活しようとしています。
しかも、その背後には、1900年代前半に、
ドイツで敗れ去ったヒトラーの霊が潜んでいます。
今、ヒトラーの霊は、地獄で地下帝国を築き、中国、北朝鮮、
そして、日本へと触手を伸ばしてきていることが、霊的に明らかになっています。
昨年、私は、みなさんに、「伝道、未だし」と申し上げました。
しかし、「伝道、未だし」という言葉では、まだ十分ではないように思われます。
「私たちは、まだ根本的に力が足りていない」と言わざるをえないと思うのです。
この国の国民と、国民を操縦するところのマスコミ世論が、
悪魔の支配を許すに至ったことに関し、あるいは百歩譲って言うならば、
悪魔の手下の支配を許すに至ったことに関し、私は、強い自責の念を感じております。
こんなことであっては、本来の目標である地球ユートピア実現は、
逢かに遠い世界へと遠のいてしまうでしょう。
私が、何をもって、「悪」と言っているのか。
何をもって「悪魔の手下に今、支配されようとしている」と言っているのか。
それを、あなたがたに簡単に述べましょう。
それは、「自由の死をもって、悪魔の支配下に入ろうとしている」ということなのです。
あなたがた一人ひとりは、すべて神の子・仏の子として、
地上にユートピアを建設すべく、
「自主的な考え方の下に、発展・繁栄の道を選び取り、
自らの人生を歩む」ということを許されています。
しかし、今、その道が閉ざされようとしていることに対し、
たいへん残念な気持ちでなりません。
「この国が、神も仏も、実在界といわれる『あの世』をも信じない人々によって、
あるいは、『人間が霊的存在であり魂である』ということを信じない人々によって、
支配されつつある」ということに対し、深い深い、聖なる怒りを感じるものであります。

この地上もまた「神の国」であらねばなりません。
そして、仏の子たちが魂修行をなす「仏国土」でなければなりません。
この国は、いったい、いつ、どのような理由により道を誤ったのか。
それを考えてみたいと思うのです。
日本人は、あまりにも、視野が狭かったのではないでしょうか。
あまりにも、本質的なものを忘れすぎていたのではないでしょうか。
すでに二十年も前に、唯物論の大国を崩壊させ、
神の国建設の足場を築いたにもかかわらず、
この国の言論や教育、社会的常識、政治的見識、マスコミによる誘導、
こういうものが、「神の意志は、どこにあるか」ということを見えなくしてしまったのです。
チャンスは、あったのです。
もう、すぐそこまで来ていたのです。
そのチャンスを逃して、
ユートピアづくりの道を逢か遠くに押し流してしまった罪は、計り知れないと私は思います。
残念でなりません。
いまだ、この国においては、信仰というものを社会の中心に据え、
そして、宗教的人格を持った人間が、
表側の世界でリーダーとして活躍できるような状態にはありません。
むしろ、その逆でありましょう。
宗教的信仰告白を伴うならば、
表側の世界では、不利になるような状態が続いていると思います。
それは、この世が、「人間の世」から「獣の世」に変わったということを意味しています。
動物たちには、基本的に信仰心がありません。
ゆえに、動物には基本的人権もありません。
ところが、人間には、基本的人権があります。
この基本的人権のもとは、どこにあるのでしょうか。
神仏なくば、そして、「神仏が、人間をこの世にあらしめ、
転生させ、魂修行をさせる」という壮大な文明実験を続けていなければ、
人間は、動物たちと何ら変わるところがないのです。
それが、まだ、世の常識となっていないことが、非常に非常に残念でなりません。

今、「人民の、人民による、人民のための政府」が、
人々を迷わし、苦しめ、そして、地獄に引き入れようとしています。
ゆえに、黙っているわけにはいかないのです。
この世において、人々の思想は自由ですが、
神の世界においては、「何が正しく、何が間違っているか」ということは明確です。
少なくとも、「三次元地上世界は、神仏がつくられた、
偉大な霊的宇宙の一部である」という事実は、
どのような者が否定しようとも、否定し去ることはできないものであります。
この世的な思想や信条を説くのは自由です。
しかし、真実をくらますことは、許されないことなのです。
それを、あなたがたに知っていただきたいと思います。
経済的繁栄のみを求めることは、宗教的には必ずしも正しいことではありません。
経済的繁栄を求めるなかには、
「神仏の繁栄を、この世に実現する」という面もあれば、「唯物論的に神仏を否定して、
この世を生きやすくする」というかたちでの繁栄もありうるのです。
したがって、われわれは、
人々の選択が、正しい方向に向くように導いていかねばならないわけです。
今、世界の人口は、七十億人を超え、百億人に向かっています。
私の思いは、「百億の人口をまもなく抱えようとする、この地球において、
どうすれば、二百力国以上ある国の人々が調和し、協調しながら、幸福に生きていけるか。
そういうビジョンをつくりうるか」ということに集中しています。
だからこそ、この日本一国さえ、
まだ十分に導くことができずにいることを、とてもとても残念に思います。
どうして、真理を、真理として受け入れることができないのでしょうか。
それはそんなに難しいことなのでしょうか。
多大な国費を使って、何十年も唯物論・無神論を教え続けていますが、
それが、本当に世の中のためになっているのでしょうか。
私は、それをこそ問いたいと思います。
現政権のなかには、「小選挙区制の下で、
自民党か民主党かという二つの極を選択できることが民主主義であり、今回、
政権交代が起きたことによって、時代が進化した」と考えている人もいるかもしれません。
しかしながら、現政権のなかに、
明らかに、数名の悪魔が存在していることを私は見破っています。
彼らに、国民の命や未来を預けることはできません。
ゆえに、私たちは、「正しいことは正しい」と言い続けねばならないと思うのです。

確かに、昔は、現在のように、政治制度や経済制度が発達していなかったために、
過去の宗教家たちは、政治経済のあるべき姿を十分には説けなかったかもしれません。
そういう面は否めないと思います。
さらに、過去の宗教家たちが説いた言葉のなかには、それを悪用すれば、
現在の唯物論や無神論につながりかねない教えが一部にはあることも事実です。
また、自由主義や資本主義を否定するような考えが散見されることも事実ではあります。
ただ、私は、あなたがたに、明らかに言っておきたいのです。
「勤勉に働く人たちが意欲を失うような社会は、神仏の願う社会ではない」ということを―。
この地上は、困難に満ち満ちています。
しかしながら、そのなかで、智と汗を絞って木来を切り拓いていくことこそ、
人々に課せられた責務であるのです。
あなたがたは、国家社会主義によって、
ゆりかごから墓場まで面倒を見てもらうために、生まれてきたのではありません。
あなたがたは、世を照らすために生まれてきたのです。
「自分自身を照らし、他の人々を照らす」という目的のために生まれてきているのです。
地獄への道は、善意で舗装されています。
誰が聴いても耳触りのよい言葉は、残念ながら、天国へは通じていません。
天国へ通じる道は、茨の道です。
あなたがたは額に汗し、智慧を絞り、共に手を携えて一生懸命に努力しなければ、
その茨の道を歩んでいくことはできないのです。
天国への道を歩むのは、狭き門より入り、狭き山道を上ることに似ています。
一方、地獄へ堕ちる道は、その門は広く、それをくぐる者多く、
その道も緩やかにゆっくりと下ってゆくものです。
上り坂は誰もが苦しいものですが、下り坂は容易です。
そのため、ともすれば、人は、下り坂に入ろうとします。
また、下り坂の道に誘う者を、善意のある者と曲解する傾向もあります。
これは、まことに悲しいことです。

国家社会主義という、二十世紀中に終わるべきであった文明実験が、
二十一世紀に入っても続いているわけです。
私は、「もう、そろそろ、これを終わらせなければいけない」と考えています。
神仏やあの世、霊的存在を否定した世界観に基づく国家は、間違った国家です。
日本は、そうした国の仲間になってはなりません。
断じて仲間になってはいけないのです。
神を信じ、神の御心を信じ、自らの智慧と努力によって、
栄冠を勝ち得るような社会を建設しなければならないのです。
「最大多数の最大幸福社会」は、与えられるものではありません。
巨大権力によって、つくり上げられるものでもありません。 
一人ひとりの思いと努力によって、つくり上げていくべきものなのです。
ゆえに、私は、あなたがたに言いたい。
政府に“おねだり”をするのは、もう、やめようではありませんか。
それは、あなたがたの本来の使命とは違うものです。
あなたがたは、今世で、使命が終わるわけではありません。
今世で、命が終わるわけでもないのです。
永遠の旅人として、道を歩む者であるのです。
そうであるならば、多少、厳しく聞こえるかもしれませんが、
私の声に耳を傾けてほしいのです。
この国は、今、擬似宗教ともいうべきものによって、支配されようとしています。
それは、「この世的にのみ、優しさを実現する」という考え方です。
そちらのほうに誘導されつつあります。

私は、今、あなたがたに、新しい未来を授けたいと思います。
未来は、わが言葉の上に必ず築かれます。
日本よ、使命を果たしなさい。
そして、世界の人々に対して、
日本が、世界を救うためのリーダーとなることを、
ここに誓いたいと思います。





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