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何故、仏教にはたくさんの教団があるのでしょうか?
現代の仏陀が説明されています。




釈迦滅後の二千数百年の歴史を見るかぎり、和合僧破壊の罪は起きているのです。
というのは、どんどん別派ができてきたからです。
仏教の流れにおいても、キリスト教の流れにおいても、
別派はできていますが、厳密にいうと、それも和合僧破壊になるのです。
釈迦在世中にも、その法の全部をつかんで教えきれる弟子は一人もいなかったのです。
ですから、釈迦が死んだあと、教団を継げる人は、実際は誰もいませんでした。
そのため、法のほうを遺そうとして、
弟子たちが集まり、経典の編纂という事業を行ったわけです。
人に拠って教えるのは少し無理だということで、法に拠っていこうとしたのです。
その後、菩薩クラスの弟子たちが、地上に出てきては、
法の全部は説きかねるので、自分のいちばん好きなお経や修行方法をとり、
それを強く主張して、仏教の復興運動を興したりしたというのが流れなのです。
ここで、「そういうことをやめさせて、初期のままでずっとやれないのか」
という疑問が当然あると思いますが、
これはもう能力的な問題にすべてが帰結すると思うのです。
したがって、
法の流れ自体をいくつか専門分化して勃興運動が起きてくるということは、
歴史的にはやむをえないところはあると思います。
しかし、和合僧、まとまりのあるサンガをだいじにするということは非常に大切なことです。





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