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2008.03.26 空について
仏教には「空」という思想があります。

「空」は有るでもなく、無いでもないのだ、
などと哲学的に言われても分けがわかりません。

有名な、般若心経の「色即是空空即是色」も、
色(物質)は空で、空は色(物質)と言われても何だかわかりません。

それもそのはずで、「空」とは霊的な概念だからなのです。
それを、この世的な物質的概念で説明しようとするところに無理があるのです。

あまり聞きなれない言葉ですが、仏教には「真空妙有」といわれるものがあります。

真なる空が妙なる有になる。
霊的なものが、この世のものに変化し、根底を支えている、
この世の森羅万象には、霊的な作用が働いているという、汎神論的な意味があります。

「空」は難解で、何年も専門的に勉強した僧侶にしかわからないと思われがちですが、
しかし、最近の量子力学の発見により、この「空」がわかり易くなってきました。

そこのところを、医学博士のディーパック・チョプラ博士に語っていただきましょう。

もし私たちが物理学者の目を通して体を見ることができたなら、
それは真実なのですが、巨大な、からの空間に少しばかりの散在した点と
ランダムな電気の放電が見られるでしょう。
体は原子でできていて、またそれは巨大な空のスペースのまわりを
目が回るようなスピードで回転している粒子でできています。
物理学者たちはこれらの粒子を、レプトン、クォーク、中間子などと呼んでおり、
その粒子たちは、視覚や触覚など私たちの感覚を通すことによって
物質として体験できていますが、それらは断じて物質としての存在ではないのです。
これらの粒子は、巨大な空虚の中に存在している情報とエネルギーの変動です。
粒子は空虚から絶え間なく現れて、創造され、はね帰ったり、衝突したりしながら、
やがてまた空虚に消えていきます。
また、体を物理的なものとして表現している「知性の場」は、
ほとんどが虚空間の中の量子の変動です。人間の体そのものは、
ほとんどが空のスペースなのですが、その空のスペースは無からできた空虚ではなく、
それは非物質的な知性が充満しているスペースなのです。
本質的なポイントは、私たちの真の性質は、
非物質的な「知性の場」であるということです。
何人かの科学者たちは、この私たちの本質的な存在の場を「統一場」と呼んでいます。
なぜなら、そこは宇宙全体なのです。そして、その「知性の場」が考え、
それ自身と相互に作用するとき、その表現として物質世界が現れるのです。



どうでしたか?「空」もこう説明されると理解できますね。




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