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2008.05.15 因果の理法
カルマは、宇宙の法則です。
まいた種は刈り取らねばならないという、因果の理法。

このことは、例外なくあらゆる事象に働いています。

自分が発する想念や、為した行為は、必ず自分に返ってくる、
という自己責任の法則でもあります。

だからこそ、情けは人の為ならず、と言われるのです。

また、不幸と思われる現象も、
実はそれは自分がまいた種を刈り取っている姿なのだ、ということでもあります。

これは、神による罰ではなく、愛を学ぶために与えられた課題なのです。

カルマの法則を信じることは、神を信じることでもあるのです。




「ゴータマよ、いったいどういう原因と影響で、
人々のいまの人身の優劣の差が顕れるのでしょう。
ゴータマよ、短命の人々もいますが、長寿の人々もいます。
多病の人々もいれば、無病の人々もいます。
容色悪しき人々もいれば、容色優れた人々もいます。
力のある人々もいれば、無力な人々もいます。
貧しい人々もいれば、富裕な人々もいます。
卑しい生まれの者もいれば、高貴な生まれの者もいます。
愚鈍な人々もいれば、智慧ある人々もいます。
ゴータマよ、いったいどういう原因と影響で、
人々のいまの人身の優劣の差が顕れるのでしょう。」

「学生さん、
短命に至る行ないが短命をもたらします。
長寿に至る行ないが長寿をもたらします。
多病に至る行ないが多病をもたらします。
無病に至る行ないが無病をもたらします。
醜さに至る行ないが醜さをもたらします。
美しさに至る行ないが美しさをもたらします。
権力のなさに至る行ないが権力のなさをもたらします。
権力に至る行ないが権力をもたらします。
貧しさに至る行ないが貧しさをもたらします。
富裕に至る行ないが富裕をもたらします。
劣った家柄に生まれることに至る行ないが劣った家柄に生まれることをもたらします。
尊い家柄に生まれることに至る行ないが尊い家柄に生まれることをもたらします。
愚鈍さに至る行ないが愚鈍さをもたらします。
賢明さに至る行ないが賢明さをもたらします。
学生さん、生き物たちは自分の行為をもつ者であり、行為の相続人であり、
行為を孕む者であり、行為の結びついた者であり、行為の行き着く場所なのです。
行為が生き物たちの区別を生んで、この優劣の差を引き起こしているのです。」


パーリ原始仏典第135経「業の小分析」




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