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霊界のアーカーシャの記録は、
現在、ノストラダムス、エリヤ、黙示録のヨハネ、
らによって管理されているようです。

昔から予言者達は、
これによりビジョンを与えられ、それを地上の人々に伝えてきました。

近年でも、スウェーデンボルグ、エドガー・ケーシー、ルドルフ・シュタイナーは、
これを垣間見ることが出来たといわれています。


アーカーシャとは、
古代インドの言葉で、空、エーテル、虚空を意味します。

そこには、地球や人類の歴史全てが記録されおり、
過去だけではなく、末来をも包括した情報がおさめられています。

実在界には、時間は流れていない為、
時間という細長いチューブに、
びっしりと過去や未来の出来事がつまっているように見えるのだそうです。

しかし、それを見る者の、認識力によって見えるビジョンは違ってきます。
つまり、より高い霊的知覚力を持った魂ほど、正確に読み取ることが出来るのです。

予言が外れたり、時期がずれたりするのはこのためです。

人類の秘史を見ることは、
神仏の計画を知るということにもなる為、
如来以上の霊格を持っていないと、アーカーシャの記録を閲覧することは許されません。

ニューエイジでは、アカシックレコードとも呼ばれ、
仏教では、空海の「虚空蔵求聞持法」で知られるように、虚空蔵として伝わっています。

アーカーシャは、宇宙の叡智がつまった宝庫なのです。


シュタイナーはアーカーシャの記録についてこう述べて居ます。



自分の認識能力を拡大した人は、過去の事柄を知るのに、
もはや外的な証拠に頼る必要がなくなる。
その時には、出来事の中に感覚的には知覚できぬ事柄、
時間が破壊することのできぬ事柄が見えるようになる。
過去の歴史から不減の歴史へと、その人は進んでいく。
勿論不減の歴史は通常の歴史とは異なる文字で書かれている。
グノーシスや神智学はこの不減の歴史を「アカシャ年代記」と呼んでいる。
アカシャ年代記をわれわれの言語で語ろうとする者は、
不確かな観念しか与えることができないであろう。
なぜならわれわれの言語は感覚世界にしか対応しておらず、
われわれの言語で記述した事柄は、
直ちにこの感覚世界の性質を担わされてしまうからである。
従ってこのような記述は、
霊界の存在を経験的に確信できずにいる霊界未参入者に対して、
その著者が妄想家、或いはもっとひどい場合には、
詐欺師であるかのような印象を与えてしまいかねない。
―霊界を知覚する能力を得た人は過去の諸事象をその永遠の相において認識する。
それらの事象は生命を失った歴史資料としてではなく、
生命の横溢の中で、その人の前に現れてくる。
過去においてすでに生起してしまった事柄が、
今あらためてその人の眼前で、特定の仕方で展開しはじめる―。
この生きた書物を読むことが許された人たちは、
外的な歴史が扱う時代よりも遥かに遠い過去にまで眼を向けることができる。
そのような人たちはまた、霊界を直接体験することによって、
歴史学の方法が為しうるよりも遥かに確実な仕方で、
歴史的現実を記述することができる。
ここであらかじめ誤解をさけるために述べておくならば、
霊視もまた決して常に真実を教えるとは限らない。
霊視も錯覚に陥ったり、不正確であったり、ゆがんだ見方をしたり、
とんでもない誤りを犯したりする。
この面でも人間は決して誤謬から解放されてはいない。
どんなに進歩した人間であっても、この点に変りはない。
従って霊的知覚によって伝えられた情報が常に完全に一致しないからといって、
そこで躓いてしまってはならない。
この場合観察の正確さが外的感覚世界の場合よりもはるかに決定的に重要なのである。
さまざまの霊界参入者が先史時代や有史時代について語る事柄は、
本質的な点では一致している筈である。
事実いずこの神秘教派においても、
このような先史時代と有史時代とについての教えがあり、それら相互の間には、
たかだか一世紀にわたる外的歴史叙述者たち相互の一致とは、
全然比較にならぬくらいの、完全な一致が数千年にわたって続いている。
霊界参入者たちはあらゆる時代に、
あらゆる場所で、本質的には同じ内容を伝授してきた。


「アカシャ年代記より」




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