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引き続いて、浅野氏の提言を紹介します。
このような方が現れているのも、大きな霊界の計画であると思われます。



大きく平らな愛を、自分にまず注いであげることです。
それはもちろん、いなるエゴや、わがままや甘さとは全く異なります。
ごまかしでもありません。
これまでの宗教は、本当の自分への愛と、エゴやわがままや甘さなどを許してしまう、
偽りの自分への愛とを区別できませんでした。
自分への愛が必要なことを薄々感づいても、
それ以上に、利己的で狭い自分への愛に陥ることや、
罪を犯し、社会に混乱を招くことを恐れすぎたのでしょう。
そのため、自分への愛を魔的なものとして、回避しようと意識しすぎています。
それが、キリスト教や仏教をはじめ、多くの宗教に蔓延している病根です。
神は本来、愛と恵みと命のお方です。
それは、ヨハネによる福音書にも書かれているとおりです。
それが健全な捉え方であり、取り組み方になります。
むしろ、最近の心理療法や、研修や人間論などのほうが、
このことを正しく健全に捉えています。


地上の物理領域は、忌み嫌われる、価値も意味もない領域ではありません。
神のお心と意図は、
「地上の物理領域は穢れていて価値がないから、
そこから早く脱出して霊的領域に還って来るように」とか、
「あのような忌み嫌われる世界は早く失くしたいからあなたも見切りをつけ、
そこを捨て去って上がって来なさい」ということではありません。
大乗仏教の慈悲による菩薩精神は、
時に自分の成長や命の本源に還ることを後回しにして、
ほかの人のために尽くし、この地上を住みやすい浄土にすることです。
だからこそ、人は積極的にこの世に生まれ変わって来るのです。
生まれ変わらなくて済むところまで成長を遂げ、カルマを果たし終わっていても、
自己意志によって、あるいは神様からお役をあてがわれて再び地上に生まれて来ます。
それは、後輩のために自分を役立てようとする願いと目的を持っているからです。
同時に、この地上そのものを素晴らしい領域にする目的もあります。
あの世に天国をもたらし、霊界を浄化し、整えることだけでは不十分です。
キリスト教や、一部の浄土系の宗教は、あの世志向の一方通行の捉え方ですが、
それは本当のものではありません。そこには、自分だけが早くあの世に行って、
救われるという狭い小さな考え方が潜んでいます。
大来仏教では、この世を大切にし、まだ修行中の人たちのことも思いやって協力し、
この世の場を浄めて素晴らしい世界を設えようとします。
密教ではこれを密厳浄土と言って、とても重んじています。
そこには、単なる現世利益を超えた、本質に関わる素晴らしい狙いがあります。
浄土系の中でも、親鷲の教えはあの世志向ではなく、還相回向と言って、
積極的にこの世に還って来てこの世を良くし、
この世に残されている後輩の人たちのために尽くしていくことを大切にしています。
これこそが、大きな慈悲の大乗仏教といえます。
親鸞は霊的成長を往相回向、社会貢献を還相回向として、その両面を重視しました。
霊界と顕界との双方に霊的進化と調和がもたらされ、
あの世にも地上にも神の国が実現することが、宇宙創造神の本願なのです。



「自分探しの旅 現世編」




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